第61話詰めが甘かったな
(ぐっ、なんて剣技……〈王の弓〉でも上位レベルだ……こんな奴知らんぞ。私の情報網に漏れがあったとは……)
間合いを詰められれば長刀の優位性が生かせないと当然のように知っている敵に、流石のエイルも防戦一方で、気付けば全身に嫌な汗が噴き出していた。
「あまり調子に乗るな内通者。自分より強いドリームウォーカーが現れて動揺しているのか?」
笑みを浮かべるヒズキに思わず悪寒が走り、受け身では負けると直感的に感じたエイルは、気合の叫びと共に力技で攻勢に出た。
「図星か。……言っていなかったが、私はフェミニストでね、プライドの高い男が大嫌いなんだ」
エイルの剣を受けながら冷めた目でヒズキは語ってくる。
チートなドリームウォーカーの身体に甘えず、日々厳しい鍛錬を積んだ自身の肉体に、エイルは絶対の自信を持っていた。……だが、剣が当たらない。ヒズキの身体はまるで力を入れず、自然体で流れるような動きをする。そう、まるで水を切っているかのような……。
(なんだ、こいつはなんなのだ?)
天国から地獄へ。冷や汗と共に久しぶりに味わう恐怖が、エイルを支配してゆく。
「お前の実力は分かった。これ以上は時間の無駄だ」
一瞬、ヒズキの剣が上下同時に襲ってくるのが見えたが、身体が動く前に自分の左腕が宙を舞っているのに気付き、頭が真っ白になった。次いで猛烈な痛みが襲ってきた。
「ぐあああああっ!」
「……終いだ」
エイルの首に刃が迫ったその時、怒号と共に周囲の兵たちが吹き飛んだ。シャガルムの騎兵がミュンヘル軍に雪崩込んだのだ。一対一の場が崩れ、一気に血と悲鳴が舞う修羅場と化す。エイルはこの混乱に乗じて逃走した。
(くっ、少々遊び過ぎたか……。一度戦場から出なければ……)
切断された腕を押えながら、光球霊塔目指して戦場を走った。幸い土埃で視界が悪く、相当近寄らないと敵味方の判別もつかないくらいだ。しばらく進むと人気のない場所に出た。夥しい数の死体以外は誰もいない。正確な現在地は分からないが、もう少しで塔の搬入口に着くはずだと安堵しかけた頃、前方に一騎の影が現れた。始末するか避けるか判断する前に、両側にも複数の騎影があることに気が付いた。
(しまったっ……)
後ろを振り返るとやはりというべきか、十騎以上の影が揺らめいていた。
やがて正面の一騎がゆっくりと近づいてきた。エイルは覚悟を決め、片腕で長剣を構えた。
「満身創痍じゃないか、エイル・アンダーソン。よくぞここまで引っ掻き回してくれた。しかも長い間誰にも悟られることなく、王族にも信頼されて……。敵ながらあっぱれだ。……だがそれもここまでよ。幕引きだ」
返り血の付いた豪奢な武具に身を包んで現れたのは総大将、ツェワン将軍だった。
「邪魔は入らん。一対一だ」
ツェワンの部下たちが二人を囲む円形の陣を作った。
エイルは苦笑した。どこが一対一だ、仮に私が勝ってもこれでは逃がす気はないではないか、と。
「……なぜ、あなたがここに?」
「我が国には例の子供以外にも精霊使いがいるのだ。その者は精霊にお前をずっと監視させていたそうだ。……詰めが甘かったな、裏切り者よ」
ツェワンは馬を降り、剣を抜いた。エイルと同じ長刀だ。
二人はつかの間にらみ合い、ほぼ同時に動いた。刀の切っ先が凶暴な音を立てる。手加減なしの猛撃にエイルは防戦一方だ。手練れのツェワン相手に、もう反撃の力はほとんど残っていなかった。七、八回の剣劇が続いた後、エイルの剣が弾かれ宙を舞った。
「……終わりだ!」
ツェワンの長剣がエイルの腹を貫いた。
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