第60話五百人隊隊長

敵味方入り乱れる混戦の中にあって、各ドリームウォーカーの強靭さは群を抜いて目立っていた。特に戦士として鍛え上げられた者はまさしく一騎当千の力を持つ。エイルはミュンヘル軍の将として精鋭の部下を引き連れ、戦場のど真ん中にいた。長刀が振られるたび、大勢のシャガルム兵が倒れる。シャガルムの一般兵はエイルが内通者と知らない。


「さすがドリームウォーカーですな。あなたといればどんな戦場も怖くありませんよ」


 豪快に笑うのは副官のドルイだ。五千人の部下を束ねる老将はしかし、やや皮肉めいた言い方でエイルを褒めた。長年軍の中核にいた人物だが、今回は自分の役職をエイルに奪われる形となっており、表面上は納得している素振りを見せていても、目の奥は笑っていなかった。


「そんなことはありませんよ、私とてもう疲労困憊です。それに、未来はどうなるか分からない……戦況は?」


 エイルは面倒な老人の戯言を軽く受け流し、そばの部下に訊いた。


「はっ、どうやらアサンズ王子の第一部隊は敵増援部隊に足止めされ光球霊塔には到達できてない模様です。上空の方はこちらに砲撃が来ていないところを見ると善戦しているようですが……全体的に劣勢かと」


(それはそうだろう、私が情報を流したのだから)


 そう思いながらエイルは空を見上げた。たくさんの飛行船、爆発、黒煙、豆粒のようなカカラル、それらが混然一体となって世界を覆っている。光球霊塔の方に目をやると塔上部に一隻の飛行船が近づいていた。遠目でも分かる。王家の飛行船だ。ということは……。

 辺りは血が飛び、鉄が砕け、土埃が舞い、まさに地獄のような有様だった。


「頃合いか……」


「……何のですかな? ……ああ、撤退致しますか、少し入り過ぎと私も思っとりました」


 敵兵を切り倒して、振り返ったドルイはエイルを見て意地悪く微笑んだ。


(老将が感情丸出しで動くとは……ミュンヘル王国も末期だな)


 溜息交じりに、突然エイルは近くにいた自分の部下四人を斬った。ドシャと鎧が落ちる音に他の味方も振り向く。エイルの足元に倒れている部下の姿を見てドルイが怒鳴る。


「なにをっ! 血迷ったかァァ! バカたれがァ!」


 真上から振り下ろされたドルイの刀をエイルは難なく避け、あっという間に長刀で切り伏せた。周りの部下たちは明らかに動揺し、戸惑っている。シャガルムの兵たちも動きが止まった。

仲間割れかと囁く声が聞こえる。


「さて……やるか」


 エイルは敵味方関係なく目に入る兵を次々切りながら駆け出した。

 近くに連合軍シュザ共和国の将軍が見えた。エイルは戦場の中を縫うように前進し、完全に隙をついてこの首を飛ばした。護衛の兵が反応するより早くその場を離れ、混沌とした戦場の中に姿を隠す。ほんの数十分の間に、同じ一撃離脱の戦術でパルティアの指揮官3人、パレリャダの軍団長2人、ミュンヘルの将6人を始末した。


 少し離れた場所で馬に乗り、敵兵を蹂躙している一団が見える。先頭で血まみれの刀を振り回しているのはシャルル王女だった。エイルは足元に倒れている兵から弓矢を拾うと、素早くシャルル目掛けて矢を放った。矢はシャルルの脇腹に勢いよく突き刺さる。落馬し、部下たちが慌てているのがよく見えた。周りの兵士を切り捨てながら、エイルは邪悪な笑みを浮かべた。


(痛快だな……これほど思い通りに事が進むとは……だがさすがにそろそろ限界か)


 ミュンヘル側は王の弓の一人が反逆行為をしていることに気付いた、とエイルは判断した。戦場の雰囲気からそう察した。


(シャルルを回収し、飛行船に乗るのが最善か……。他の者にも手柄を残しておいてやらんとな)


 そう思った刹那、側面から強い殺気を感じ、咄嗟に長刀を構えた。ギィィィン! と刃の衝突音が鼓膜を震わせ、右腕に相当なテンションがかかる。


「もうお帰りですか、内通者様」


 耳元でぞっとするほど冷たい女の声がした。渾身の力を込めて押し返し、そこで初めて襲撃者の姿が目に入った。細く小柄な女……童顔だが佇まいからおそらく二〇代後半、黒髪ショートボブで顔は完全な東洋人……。


「日本のドリームウォーカーか……」


 双剣使いのその女は、返り血がたっぷりついた白いマントを着けていた。一般兵ではない。


「……名は?」


「ツェワン軍、五百人隊隊長……ヒズキ」


(後方のツェワン軍がなぜここに? )


 名乗った直後、素早い動きで間合いを詰めてきたヒズキは、狂信的な笑みを浮かべながらエイルを圧倒する。

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