第50話いきなり下の名前は……ずるい

「だめだ、オペレーターと繋がらない」


 エリの部下、ガクの舌打ちが聞こえた。

川辺で象の家族が水浴びし、遠くの方でヌーの群れが砂埃を立てる。灼熱のサバンナには多種多様な生き物がいた。アオイはリュウ、エリ含む8名のドリームウォーカーに連れられ、第二夢層を走っている。

全員が黒スーツに黒ネクタイ、正装だ。


木陰で寝ているチーターをすり抜けた後、高い空を見上げた。

人類共通の夢と教わったが、様々な時代の様々な場所が投影されるこの第二夢層は、むしろ地球の記憶のようだとアオイは思った。いつかゆっくり見てみたいと考えたが、今はそんな悠長なことは言っていられない。


「来てるぞ!」


 上空から弾丸のように襲ってくる三体のシャドを、リュウが小型マシンガンで対処する。


「あのとき……」


「あぁ?」


「あの時、なんで警察に変装していたんですか?」


 右側の遥か遠くに煌びやかに輝く巨大な都市が見える。あたり一帯が暗い。夜の情景だ。


「敵もおまえを狙っていた。少しの間でも向こうが躊躇してくれればと考えてのことだ。その一瞬の時間が大事なんだ。考えたら分かるだろ……どうした?」


 相変わらずの口の悪さに少しムっとしながら、アオイは走るリュウの横顔を見た。


「前から言おうと思ってたんですけど……お前ってやめて下さい。私の名前は〝ニノミヤオマエ〟じゃありません」


リュウは眉根を寄せた顔を向けたが何も言わず、少しの沈黙の後「……わかったよ、アオイ」と前を向いて呟いた。


自分の意思とは裏腹にアオイは頬を赤らめた。いきなり下の名前は……ずるい。


「じゃれ合ってないで、急いで!」


 余裕の無いエリの声が飛んだ後、ガクがマシンガンを乱射する。

後方には夥しい数のシャドが迫ってきている。先ほどまで大きな氷河が見えていたのに、今はシャドで赤く覆われ何も見えない。


『エリさん! お待たせしました。本部に敵さんが向かってるって情報が入ったもので、バタバタしてました、すいません』


 少し息の切れたオペレーターの声がアオイの耳に入ってきた。


「サクライ。そっちの準備は出来てるのか?」


 リュウの問いかけに『もちろん』の声が返ってきた。


『皆さん、そこから左に45度曲がって下さい。……そうです、そのまままっすぐでお願いします。じきにマルベックさんたちと合流……』


「どうしたの?」


 エリの問いかけに少しの沈黙が流れる。


『敵の構築師出現っ! パターンN!  あいつです、シャガルムの凄腕です!』


 全員の顔が歪んだ。


「あいつか……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る