第41話お前が絶対敵わない者の名だ

 資材置き場は野営地の隅の方にあり、そこには山積みの丸太やテントや荷車などが無造作に積んであった。人はおらず、柵はぼろぼろで、黒く陰った森がすぐそこに迫っている。

悪い予感は当たっていた。


「なんだよ、ちゃんとしゃべれよ、お前」


「俺たちは選ばれてここに来てんだよ。お前は違うだろ、帰れよ」


「ははは、きもちわりぃなあ、なんだよコイツ」


 トウゴの脇に、のっぽのタルサと坊主頭のオロンがいる。

いつもの三人組だ。

彼らは積み上げられた木箱にアイレンを押し付けていた。


 アイレンは母からもらった綺麗な刺繍の貫頭衣を身に付けていたが、それは泥で汚れていた。顔や腕も汚れているところを見ると、ぬかるんだ地面に倒されたようだった。傍らには白い毛皮のコートが落ちている。

鼻から血を出し、髪はぼさぼさで、胸の前でこぶしをぎゅっと握り、怯えた目からは涙が溢れていた。


「や、やめなよ! 嫌がってるだろ」


 ハルキの精一杯の大声に、三人はゆっくりと振り向いた。少しだけ緊張を孕んだ三人の表情が、ハルキを見るなり消え、やがて粘質な笑顔になった。

ハルキは膝の震えを必死で抑えていた。


「なーんだ、誰かと思えばコネで来た卑怯者君かぁ」


 トウゴは獲物を見つけたキツネのような顔をしている。きっと頭の中で、どうやっていじめようか考えているのだろう。


「お前には関係ないだろっ! 弱いくせに出しゃばるな」


 オロンの甲高い笑い声に、全身が熱くなる。


「あ、もしかしてコイツ、この女のこと好きなんじゃないのぉ」


 ふざけた調子で言うタルサに、トウゴはふんっと鼻で笑った。

ハルキの心はアイレンと自分を侮辱された怒りと、この後に予想される暴力への恐怖とが、混ざり合っていた。

逃げたいのか戦いたいのか自分でも分からなかった。


「なんで俺たちがお前の言うことを聞かなきゃならない? 前にも言ったがな、俺の親父は近衛兵団長なんだよ。お前の親がどこのだれか知らないが、俺が親父に、お前をこの訓練から外してくれって頼んだら、すぐその通りになるんだよ。口には気を付けろ」


言い終わるとトウゴは勝ち誇った顔になった。タルサとオロンもニヤニヤしながらこっちを見ている。ここで引いたらアイレンへのいじめが続けられるだろう。ハルキは腹を決め、静かに深呼吸した。


「今言ったのは親父の力だろ、お前じゃない。親父がいないと何も出来ないのかよ」


 一瞬何を言われたのか分からない顔をしたトウゴは、数秒後、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「なんだとこの野郎っ! もう一回言ってみやがれっ!」


 こめかみに血管を浮き上がらせて迫るトウゴを、でかい声出すなと二人が抑える。怒りようから見て、ハルキは本人も気にしているのだと悟った。

アイレンは涙こそ止まったものの、トウゴの怒鳴り声にビクリと身体を震わせ、相変わらず怯えた目つきで様子を伺っている。


しばらく怒りが収まらなかったトウゴだが、タルサが耳元で何か囁くと落ち着きを取り戻し、口元にいやらしい笑みが戻った。タルサはオロンにも耳打ちしている。


「分かった、ハルキ……だっけ? お前の名前」


 ハルキは頷いた。トウゴは積み上げられた資材の山から二本の剣を取り出し、一本をハルキの足元へ放り投げた。

ドスっと音を立て、剣先は地面に深々と刺さった。銀色の刃にハルキの顔が歪んで映っている。

それは真剣だった。


「こうしよう。俺たちは戦士だ、お前のことも認めてやろう。ここに来たからには何か理由があるんだろうからな。だから決着は剣でつける。どうだ? 文句は無いな」


 三人はハルキを見てニヤニヤと笑っている。トウゴとの力の差ははっきりとしているからだ。きっとハルキが首を横に振ると思っているのだろう。


「もし、僕が勝ったら?」


 勝てなくても向かっていけ、倒れても何度も、何度もだ――――リリーの言葉が脳裏を過る。


「もうコイツには手を出さない。お前にも。だが俺が勝てば、お前の片耳を頂く。もちろん尻尾を巻いて逃げるという選択もあるぞ。その場合、俺たちはお前を追わな――――」


「やるよ」


 ハルキはトウゴを睨みつけた。トウゴは面食らった顔をした後、二人と顔を合わせ、「いい度胸だ」と言った。

予想外のことだったので三人とも少し動揺しているようだ。


 トウゴが剣を構えると、タルサとオロンはその場から少し離れた。アイレンが心配そうにハルキを見つめている。その視線に気付きながらもハルキは見返すことなく、目の前の剣を抜いた。

剣はズシリと重く、構えているだけで腕が痺れてくる。そもそも子供が持つ物ではないのだ。


「一生覚えておけ。トウゴ・カルボーニュ。お前が絶対敵わない者の名だ」


 トウゴはそう言うやいなや、素早く一歩を踏み出し、横一文字に振ってきた。

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