第40話それはまさに異世界の象徴で

「あ、あの、でも、自分では全然自覚がありません。その……本当に僕ですか? 同姓同名の違う人というのは考えられないですか?」


 ツェワンは強面の顔を上げ、僅かに微笑した。


「マジェラの街で、精霊たちの歓迎を受けたそうじゃないか。〈ケートス〉が現れたのがなによりの証拠。精霊種の王が姿を見せるのは、決まって歴史の節目なのだよ」


 あんなにたくさんの精霊種を見たのは生まれて初めてだと、オリビアとアイレンが話していたのを思い出した。


「……とはいえ自覚が無い、か。何も知らずにやってきたのだな。まあ、時が来ればいずれ分かる。それまでお前の身は私が預かろう。いいんだな? リリー・オールディス」


 ハルキがここに来た理由はいくつかある。決して一枚岩とは言えない王族の城にいれば、〈球史全書〉に懐疑的な一派や敵の内通者によって暗殺される恐れがあった。数百年続く王国の内部には、様々な思惑が渦巻いており、どうしても〝膿〟が溜まってしまう……。

ならばガシャの森へ隠した方がまだマシというわけだ。

森の中は危険だが、本当に〈球史全書〉の子なら決して死ぬはずはないと、半分は確認の意味も含まれている。


そして単純に、身体の頑丈な〈ドリームウォーカー〉を鍛え上げれば、ミュンヘル軍にとって戦力増強に繋がる。さらにハルキを送ることによって、交戦好きの叔父も少しはおとなしくなるだろうとのシャルルの狙いもあった。


かねてよりシャルルはツェワンに対して、前線には行かず指揮だけをとってくれと言い続けていた。豪快な人柄と面倒見のいい性格から、国民の信頼は、現国王で兄のシーガルより上だ。

だからこそ、今ツェワンを失えば国が傾くとシャルルは考えていた。


 そしてツェワンの方もそれらの事は全て承知していた。


「はい。シャルル王女のお言葉と相違ありません。しかし、護衛には我々が継続して就くことと申されました」

「ふむ、それは構わないが、一人失った状態のままでは何かと不便だろう。俺の〈王の弓〉を一人付けよう。ザブ」


 ツェワンの声に、左後ろに立っていた〈王の弓〉が「はっ」と返事をした。

 その後も話し合いが続き、外に出る頃にはもう星が出ていた。周りでは兵士たちがいたる所で火を起こし、夕飯の準備をしていた。肉を焼く匂いが漂ってきて、ハルキの腹が鳴った。


「こっちだ、ご飯にしよう」


 リリーの後について歩く途中、ハルキはふと立ち止まり、頭上に輝く三つの月を眺めた。砂金をばら撒いたような星空を背景に、上から緑色、金色、灰色の月が連なっている。それはまさに異世界の象徴で、初めは綺麗だなと思っていたが、見ているうちにじわじわと胸の中に孤独感が湧いてきた。


自分はなぜこの世界に来てしまったのか、自分の役割はなんなのか、抱き続ける不安が頭の中で暴れまわる。知らない世界で、自分だけが止まっているような気がした。周りはどんどん進んでいるというのに。


ハルキは込み上げてくるものを必死で抑えながら、声をかけられるまでずっと三つの月を見上げていた。




 ツェワンと会ってから数日後、その事件は起こった。


 その日はツェワン将軍の野営地にトウゴたちも来ていて、ハルキもその中に混ざって訓練を受けていた。ハルキは内心気が進まなかったが、この日に限ってオリビアがアイレンを連れてきていた。

アイレンは少し離れた場所でハルキたちを眺めている。かっこ悪いところは見せられないと、ハルキはいつになく力が入っていた。


 オリビアの姿は見えなかった。森の淵でシャガルム軍と小競り合いが起きているらしく、そちらに赴いている。野営地にいる兵士の数も半数ほどだった。


 弓の訓練を終え休憩時間に入ってしばらく経った時、ふとアイレンの姿が消えていることに気が付いた。ハルキは最初、オリビアが帰ってきて一緒にいるのだと思ったが、トウゴたちもいないのが気になった。


「あの女ずっと見てるぜ、気持ちわりぃ」


「学校には来ないくせにな」


 訓練中、トウゴたちの陰口を聞いていたハルキは、嫌な胸のざわめきを覚えた。もしかしたら……、そう思うといてもたってもいられず、近くの訓練生にトウゴたちを見なかったかと片っ端から訊いて回った。


コモンという小柄な男の子から資材置き場の方に歩いていくのを見た、という情報を聞くと、すぐにハルキは駆けだした。

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