第35話私はあなたの味方ですよ
「どう思う、エイル。私は臆病者か?」
天蓋の付いた立派なベッドに腰掛け、肩を落とすアサンズは、自虐的な笑みを浮かべながら尋ねた。さほど広くはない部屋に、簡素な書斎と小さな暖炉が備え付けられている以外、目立った物は置いていない。
王族特有の光物や、高価な家具や装飾品が嫌いなのは、あの母親のせいだとアサンズは思っている。それに戦時中で国民が苦しんでいるのに、自分たちだけが豪奢な生活をしていたら、申し訳ないという想いもある。
それを父は「考えがまだ若い。人には役割があるのだ、お前もそのうち分かる」と言う。しかしアサンズは口にこそ出さないが、それは単に世代と時代の差だと考えていた。
少しだけ開けてある西の窓から、冷たい風と共に下の中庭で訓練している兵士たちの掛け声が聞こえてくる。音からして弓兵たちだろう。
風を切る矢の音が軽快なリズムとなってアサンズの耳に届く。
ミュンヘルの弓兵が持つ技術の高さは、周辺国にも知れ渡っている。三倍の軍勢でも対等に戦える能力を有する、ミュンヘル軍の要の部隊だ。
暖炉脇の小さな机で、給仕係が置いていったお茶をエイルが入れてくれている。
「私はただ王家をお守りするのが使命。政(まつりごと)の事は分かりません。ですが、ご自分の意見をはっきりと言うことは大切だと思います」
「やさしいな」
アサンズは笑みをこぼした。
「命を救われた恩義には命を持って報いるのが当然のこと。私はあなたの味方ですよ」
エイルに渡されたのは、はちみつ入りの〈ナフカ〉というお茶だった。南に位置するパルティア王国のナフカ地方原産の茶葉で、香草のようなさわやかな香りが特徴だった。
アサンズは目の前に立つ背の高い男を見た。エイルは元々こちらの世界に迷い込んだ〈ドリームウォーカー〉だった。
〈ガシャの森〉での訓練中、獣に追われてぼろぼろの身体でアサンズの前に現れ、それを介抱したのが二人の出会いだった。元の世界では兵士だったらしく、こちらでも当然のように軍に入ったエイルは、そこで頭角を現した。
〈ドリームウォーカー〉は鉱石化した〈ガシャの根〉から生まれる。
技術院によると〈ドリームウォーカー〉たちの身体の構造は、細胞より下の段階ではまったく別物、つまり正確には人間ではないという話だった。
〈ガシャの根〉が、向こうの人間の情報を元に複製した疑似人間、と結論を出している。更にはこちらの言語も理解出来るようになるというのだから驚きだ。
身体の主要組織成分が鉱石なので、こちらの人間よりも遥かに頑丈であり、他者を圧倒出来たのは自然の成り行きだった。
それからわずか数年で〈王の弓〉に抜擢されたのだから、身体だけでなく頭や性格も優れていたということだ。
アサンズは今まで護衛に就いた〈王の弓〉の中でもエイルを一番に気に入っていた。異世界の話を聞けるものそうだが、それよりも他の者から感じる王族への委縮というものが、エイルにはまったくないのだ。主従の一線は守りつつも、自然体で接することが出来る者は他にはいなかった。
(しかし、だ。すっかり馴染んでいるように見えるが、こやつの心の中もそう単純ではないだろうな。元の世界に家族もいただろうに……)
「違った見識を持つ者の意見も聞いてみたかったがな。この国を客観的に見て……どう思うかを……」
アサンズは眉をひそめた。何かがおかしい。目の焦点が合わない。試しに目頭をきつく抑えてみたが、それでも視界はぼやけたままだ。
「……どうかなさいましたか?」
異変に気付いたエイルはアサンズの脇にしゃがみ、肩に手を掛けた。
「いや、ちょっと眩暈がするだけだ」
「少し顔色が悪いようですね。そのまま横になられて下さい。他に異常はありますか?」
蛇酒を呑んだ時よりも、頭が朦朧としていた。
(まさか〈ナフカ〉に毒が……?)
ぐるぐる回る頭の片隅で考えた言葉は、どう頑張っても声に出せない。陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせるのが限界だった。
「少し、休みましょう。このところの疲れが一気に出てしまったのかもしれません」
(違う、エイル……そう……じゃない……)
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