第34話今夜は月が綺麗だ
「あれ……山田君? 小学校の時の……ねえ、そうだよね? えー奇遇だね、私の事覚えてない?」
エリは満面の笑みを浮かべて左側に立つ若い隊員にすり寄った。予期しない展開に驚いた隊員は眉間にしわを寄せ、明らかに動揺していた。
もう一人も完全にエリの方に注意が逸れていた。
「いや、人違いです。自分は山田じゃ――――」
言い終わる前に若い隊員は床に崩れ落ちた。エリが首にスタンガンを当てたのだ。同時にもう一人の隊員が「貴様!」と叫び、素早く動いたが、それよりさらに早く、レイイチが機械のような正確さであごに掌底を叩きこんだ。
「年は関係ないと思うけどなあ。ほら特殊な状況下で人は恋に落ちやすいってよく聞くでしょ?」
「まあ確かに特殊すぎる状況だとは思うけど……」
電撃的な速さで二人の意識を奪ったレイイチとエリは「ごめんなさいね」と言うやいなや、隊員のアクセスキーを奪い取り、セキュリティを解除した。
電子音の後、ガコッと扉が開き、二人は中へ入った。
「ビンゴ!」
そこは病院とはかけ離れた場所だった。かなり広い部屋にずらりと等間隔に並んだベッド、寝たきりのナルコレプシー発症者。全員政府によって集められた者たちだ。
そこまではいいのだが――――。
まるでIT企業の電算室のようだった。職員は情報通り一人もいない。各ベッドの脇には大きな箱型の機械と四つのモニター画面、それに直結するコード類がのたうちまわり、そのうちの数本は患者の頭に装着されている脳波ネットに繋がれていた。部屋は暗く、機械が発するLEDの青い光がぼんやりと浮かび上がっている。
近くで見ると、さらに患者の両目にゴーグルのような装置が付けられていた。
「この中から探すのは骨だな……」
両手を腰に当て、レイイチは表情を曇らせた。
「多分、ハルキ君は別にいるわ」
「……根拠は?」
「勘」
しれっと言ってのけたエリは、自信ありげな顔をしている。
「私がここの責任者なら、そうする」
「ま、確かにそうかも」
二人はひとりひとりの顔を覗きこむ作業はせず、部屋の奥へと足を進めた。警備室は別班が占拠してあるから、今まで監視カメラは気にもしていなかったが、気絶させた人間を見つけられたら防ぎようがない。
第二夢層内でこの施設含む三つの建物を寸分違わずにエリが構築し、それぞれ数回ずつ潜入のシュミレーションをしたので、ここまで難なく来られたが、予想ではそろそろバレる頃合いだった。
部屋の最奥には電子ロックのついた、頑強な扉があった。
「怪しい」
「キーがないわ。どうする?」
「こうする」
レイイチは迷うことなく拳銃を腰から抜き取り、ドアノブとテンキー周辺に銃弾を撃ち込んだ。轟音が部屋中に轟いたと同時に、赤い照明が点灯し、侵入者を告げる警報が施設中に鳴り響いた。
さほど広くない部屋の中心に一人の子供が寝かせられている。ベッドや装置類は他の人とまったく同じだ。
「うん、間違いない。ハルキ君よ」
顔を覗きこんだエリはそう言って、機器類を外しにかかった。レイイチは戸口で見張りながら無線で指示を出している。
すぐにハルキを抱えたエリが出てきて、二人はドア脇にしゃがみこんだ。レイイチの手には起爆用スイッチが握られている。
「設置は?」の声にエリは親指を立てた。頷いたレイイチはスイッチを押した。途端に耳をつんざく爆発音と内臓まで響く衝撃が襲ってくる。
「ほんとに起きないんだね」
これだけの大音量にもかかわらず、ハルキ含め、目の前にずらりと並んだナルコレプシー患者はピクリともしない。レイイチは視線をハルキから部屋の中に移した。ひしゃげたベッドを隠すように粉塵が舞っていたが、しばらく経つと壁に開いた穴に吸い込まれてゆくのが見えた。
穴の向こうは外で、見取り図通りなら建物裏の職員用駐車場だ。
「人が来るわ。行きましょう」
レイイチはハルキを受け取り、背中に背負い込むと、部屋に入り夜空の見える穴の淵に立った。三階の角、パイプ管や室外機などを経由すれば楽に下まで降りられそうだ。待機していた仲間の車も真下にある。
今夜は月が綺麗だ、レイイチは束の間見惚れ、それからエリに「最後、閃光弾忘れずに」と声を掛けた。
人の声が近づいてくる。
レイイチはパイプ管に手を掛け、ゆっくりと降り始めた。
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