第10話〈構築師〉

「逃げるなよっ」


 モルコの挑発にもレイイチは肩をすくめるだけだった。


「振り出しに戻ったな。どうする気だ」


 エイルもそれなりに平静を保っているように見えるが、わずかに疲労が伺える。モルコとリリーに至っては肩で息をしていた。


 近くでホログラムの爆発があった。巻き上がる土と煙で視界が塞がれたとき、再び剣と剣が鈍い音を放った。モルコとエイルが剣で応戦し、その隙間にリリーがナイフを投げ、さらに後方からオリビアの放つ矢が乱れ飛ぶ。

だがレイイチはその全てを躱し、受け、反撃まで軽々とやってのける。しばらく壮絶な斬り合いが演じられたが、急に五人の足が止まった。取り残されたハルキも周囲に漂う不穏な気配を感じ取っていた。


「分かったよ……ああ、仕方ない。すぐ会長に報告してくれ」

 

ふいにレイイチが独り言を言うと、顔を上げて「じゃ、僕はまだ死にたくないからここらへんで」と続け、霧の粒子になってあっという間に姿を消してしまった。それを無言で見送ったエイルは刀を鞘に納め、「〈構築師〉だ。オリビア、〈ガシャの根〉まで先導してくれ」と指示を出した。


「ハルキ、走るぞ。遅れるな」


 リリーに背中を押され、訳もわからず一歩を踏み出したハルキは、ホログラムの戦争がもう終わっていることに気が付いた。砲弾で地面は抉れ、木々は燃え黒く燻り、何本か倒れている。地面には数えられないほどの兵士が横たわり、降り積もった純白の雪には赤黒い染みが目立った。


「レイイチなんか、ここじゃなきゃ負けないのに……」


 走りながらリリーが悔しそうに呟いた。腕には刀傷が走り、そこを抑えた反対の手も血に染まっていた。


「奢るな、リリー。奴にも迷いが感じられた。手加減されていたんだ。じゃなけりゃ皆斬られていたさ」


 エイルのその言葉に「こっち側まで追ってくるか?」とモルコが訊いた。


「子供一人にそれはない……いや、だが分からんな。これから情勢が大きく動き出す。警戒はしておいた方がいい」


「情勢が動く? 何のことだ、エイル。何か知って……」


 モルコが言い終わらないうちに、雪の降る森の景色が歪み始めた。そして春の桜が一斉に散るかのように、空間自体が上の方から細かく千切れ飛んでゆく。


「来たぞ、〈構築師〉だ。全員、少年を命懸けで守れ」


 言いながらエイルは刀を抜いた。それに習い、皆も各々武器を構える。


「大丈夫よ、ハルキ君。まっすぐ走って」


「……はい」


 よく見えない自分の状況に戸惑っていたその時、オリビアの穏やかな声は救いだった。しかし、陰っていた心に一筋の光が差したのもつかの間、歪んでめちゃくちゃになったホログラムの森が、細かい粒子となって消滅し始めた。


「追いつかれるぞ! 〈ガシャの根〉はまだか」


 モルコの叫びに「もうすぐ……見えた! あそこよ」とオリビアが返す。やがて森は完全に消滅し、辺り一面は荒涼とした大地に戻った。


「来た……」


 エイルのその声に、ふと後ろを振り返ったハルキは、さほど遠くない距離に数えきれないほどのシャドを引き連れ、橙色の布を纏った〈構築師〉が向かってくるのを見た。

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