第8話〈第二夢層〉
「怖かったな、もう大丈夫だ」
落ち着きのある低い声。ゆっくりと顔を上げたハルキの目に若い男の顔が映った。浅黒い肌に短く刈った赤毛の髪。武骨な顔つきとは対照的なやさしい瞳が、パニック寸前のハルキの心を冷静にした。
首を落とされた赤い化け物は、さらさらと砂のように崩れ、舞っていく。
その背後には長髪を後ろに撫で付けた、品の良さそうな優男が立っていた。男の顔には右目を貫くように描かれた、紋章のような刺青があった。
ほとんど時を同じくして、背後そして両脇の赤い化け物たちも、どこからか飛んできたナイフと弓により、砂と化して空中に舞っていた。
「モルコ、その子を離すなよ」
いつの間に現れたのか、右側に二人の女性が立っていた。
ブロンドの髪の女性は小さなナイフを、黒髪の女性は弓をそれぞれ持っている。モルコは抱えていたハルキを地面に降ろし、微笑を浮かべるブロンドの女性に「分かってるよ、リリー。そっちはいたか?」と訊く。
「いや、他にはいなかった。〈シャド〉だらけだ」
リリーと呼ばれた女性は眉根を寄せた。
「でも〈ガシャの根〉は見つけておいたわよ」
黒髪の女性が落ち着いた声を出した。
「ご苦労、オリビア」
刺青の男が刀をしまいながら言った。その男に「どうするエイル? 撤退するか?」とモルコが訊く。
近くで爆発があった。といってもそれはホログラムで、相変わらずそこは銃弾飛び交う無音の戦場のままであった。
四人とも見たこともない革製の戦闘ベストを装着し、その上から揃いの白いコートを着ている。突然現れた見知らぬ戦士たちに戸惑いながらも、混乱する頭の中でハルキが理解したことは、どうやら自分は助かったということだった。
「そうだな、これ以上の捜索は危険だ。戻るぞ。リリーはポイントマン、私は後方を守ろう。モルコとオリビアはその子を……」
ふいにある一点を見つめながら、言いよどんだエイルの視線の先には、黒いスーツを着た細身の男が立っていた。距離は十五mほど先だ。手には何か細い棒状の物を持っている。
(――――あれは……刀?)
ホログラムの兵士たちが間を行き交い、雪と煙で視界が悪い。目を細めたハルキは、それがようやく日本刀だということに気が付いた。その瞬間、エリのことが頭を掠めた。
「レイイチ……」
エイルが呻くような声を出した。
レイイチと呼ばれた黒スーツの男はその場で霧のように消え、次の瞬間にはハルキたちの輪の中にいた。四人は咄嗟に武器を構えた。
「久しぶりだね、みんな。あれ、エイルその刺青……君、〈王の弓〉になったんだ。おめでとう」
この場にふさわしくない穏やかな口ぶりで、レイイチは微笑んだ。
「そんなことはどうでもいい。……貴様がここ〈第二夢層〉にいることもな。だがなぜ我々と接触する? お前たち〈ドリームウォーカー〉と我々〈ミュンヘル〉の関係はもう終わったはずだ」
すっとレイイチから笑みが消える。
途端に殺気が満ち溢れ、四人は息を呑んだ。
一人涼しい顔のレイイチは「我々ね……」と静かに呟き、懐の刀を抜いた。四対一でも、気押しされているのは四人の方だとハルキにも分かった。レイイチの一挙手一投足に八つの目が張り付いているが、そんなものお構いなしといった態度で、刀の切っ先を上げ、ハルキにピタリと合わせた。
「その子を譲ってくれないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます