第7話地面は白く覆われている

真横にインディアンの集落が見えた。左右には岩肌が迫ってきており、沢の近くで何人かが火を起こし、何人かは槍を磨いている。いくつもある白いテントの周りには、大きな馬が十頭ほどいた。


雲一つない、目が覚めるような青空には二羽のワシが悠然と舞っている。

 

いつものハルキなら興味が湧いて少し中に入ってゆくのだが、今のハルキにその余裕はなく、今日は、赤茶色の大地を力なく歩いてゆくだけだった。

向かう先は青い太陽。

何かに引き寄せられるように、ハルキは自分の足が勝手に動いてしまうのを感じていた。頭は重く、深く物事を考えることが出来ない。その感覚はまるで眠りに落ちる前のまどろみのようだった。


ここ数日、毎回青い太陽に向かって歩き続けているが、一度も辿り着いたことはなかった。

初め、ハルキにとってそれは少し気になる存在でしかなかったのだが、毎日見ているとなぜか自分はそこに行かなければならないと思うようになっていた。


目の前には激しく噴火する火山と、四方に流れ出る溶岩の赤い河がある。ハルキは構わず前進し続けた。視界は緩やかに移動する赤とオレンジで埋め尽くされ、何も見えなくなった。


火山を過ぎると今度は塩湖が広がっていた。真っ白な地面に雲一つない青空が反射され、天国のように美しかったが、それを見てもハルキは特に感動せず、ただただ足を動かし続けた。

ホログラムの区域に入ると、青い太陽が見えなくなる場合がある。ハルキは周囲の物には極力目を向けず、青い太陽に意識を伸ばし、何かに憑かれたかのように歩いた。


声が聴こえる。大勢の声。甲高い断末魔。


ハルキは振り向いたが、そこには誰もいない。たった今抜け出たばかりの塩湖が陽炎のように揺らめいているだけだった。

正面を向き、青い太陽を視界に収める。声が大きくなった。

青い太陽が自分を呼んでいる。


その後、赤茶けた荒涼とした大地を歩き、いくつかの小さなホログラムの区域を通り抜け、冬の森に入った時の事だった。

大粒の雪がふわふわと舞い、地面は白く覆われている。

木々の間に大勢の人影。兵士だ。肩にドイツの国旗が見える。

ハルキがそう気付いた時には、音もなく行進する第二次世界大戦中のドイツ軍に呑みこまれてしまっていた。


ふと背中に怖気を感じ、振り返ったハルキは、木々の隙間から見える空に二つの赤い点を見つけた。


――――赤い化け物……見つかった!


思わず息を呑みこんだハルキは、次の瞬間には駆けだしていた。

何人ものドイツ人兵士の身体と、何本もの木々をすり抜けながら。

だが全速力で走っても赤い化け物と距離が開くことはなかった。むしろ左右にもう二体ずつ増えたらしく、木々の合間からその姿がちらちらと視界に入る。


前方で爆発が起こった。思わず足を止めてしまったハルキだが、音も熱風もないことに気付き、それがホログラムだったことを知った。

立ち上がる間もなくハルキの周りの兵士がばたばたと倒れる。前方から別の兵士が銃を撃ちながら突撃してくるのが、爆炎越しに見えた。


切り取られたどこかの戦争風景……。

ホログラム映像だと分かってはいたが、生々しい本物の殺し合いをこれ以上ない視点で見てしまったハルキは、恐ろしさのあまり追われていることも忘れ、その場にへなへなと腰を下してしまった。


その直後、煙の中から揺らめく人影が現れた。足はない。

周囲では爆薬が爆ぜ、銃弾が舞い、黒煙が立ち上る。


「ひっ、来るな来るな来るな……」


 尻餅をつき、後ずさるハルキだったが、後方そして両脇からも赤い化け物が集まってくるのを見て、動きを止めた。


――――もうだめだ……。


甲高い叫び声と共に、紫色に腐蝕した腕で首を掴まれ、持ち上げられそうになったその時、赤い化け物の首が剣で切られ、足元に落ちた。

何が起きたのかと驚いたハルキは、次の瞬間には誰かに抱えられて、その場から引き離されていた。

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