第4話赤い化物はもう目前だ
それはゆっくりと顔を戻し、再び女性に向き直る。
化け物は甲高い悲鳴のような声を発した。
次の瞬間、女性の輪郭がブレ出す。
やがて女性の頭部や顔面が崩壊してゆき、砂のような細かい粒子となって、赤い化け物の顔があるべき場所、渦巻く闇へと吸い込まれていった。
少年は動くことが出来ず、ただ茫然と目の前の光景を見ていた。
女性の全身がほとんど吸い込まれた時、突然赤い化け物の腹から刀が勢いよく出てきた。一瞬の間を置いて、悲鳴を上げながら砂のように消えていった赤い化け物の後ろには、黒い面を被った大柄なサムライがいた。
次は自分かもしれない。少年は駆けだした。訳が分からなかった。
気が付くと少年は怖さのあまり涙を流していた。
こんな目にあったのも、早く目が覚めてほしいと思ったのも初めてだった。
針葉樹の森をがむしゃらに走り、抜け出た先は一面の砂漠だ。
目の前には砂丘の壁が連なっており、このまま進むと砂の中を走ることになる。
空が見えなくなるのは不安だったので、少年は森と砂漠の淵を行くことにした。
その後しばらく進み続け、恐竜のいる密林、小さな空港を経て、海岸に出た。
海は切れ目なくどこまでも続いている。
少年は歩調を緩めた。
多少落ち着きを取り戻し、ここまで来ればもう大丈夫なはずだと、自分に言い聞かせる。
波打ち際の白い砂浜を歩いていると、突然、前方の空間に霧が渦巻いた。
霧は次第に人の輪郭を形成してゆく。
一瞬、赤い化け物か、あの不気味なサムライに追いつかれたのかと思って身構えたが、すぐに違うと気が付いた。
霧の中から現れたのは髪の長い若い女性だ。
黒スーツに黒ネクタイ、そしてなぜか腰に日本刀。
「エリさんっ! 今日は来ないのかと思ったよ……」
唯一知っている人物に会い、少年はほっと胸を撫で下ろした。
「さっきね、僕ら以外の人に会ったんだっ! ここに来られるの、僕たちだけじゃなかったんだよ。……あぁそんなことより、僕さっき襲われたんだ、赤いひらひらした化け物にっ!」
少年は興奮した口調だ。
「……そう、怖かったね。ごめん、私がもっと早く来ればよかった……でももう大丈夫よ」
エリと呼ばれた女性は正面にしゃがみ込み、少年の肩に手を乗せる。
「……今日はなんでそんな恰好してるの? これ刀?」
少年の質問にエリは答えなかった。代わりに軽く微笑む。
エリの背後には日本の大きな城が見える。
教科書に載っている江戸時代のお城。
海に突き出た崖の上に堂々とそびえ立っていた。先ほどまでそこには何もなかった。エリが来ると、その城は必ず出現する。
少年は城に行くのがいつも楽しみであった。たくさんある襖を開けると世界中の色んな場所に行くことができ、よく遊ばせてもらっていた。
「さっきのサムライ……ううん、なんでもない。今日は行かないの?」
少年は城を指差す。
「ごめんね、私は別の用があるから、今日は遊べないの。それにそろそろ起きる時間よ。いくら明日が日曜日だからってね」
エリの両手が少年の頭をやさしく包み込んだ。すると途端に少年の身体が陽炎のように揺らめき、透け始めた。
「別の用って……」
少年が言い終わらないうちに、その身体は霧となり完全に消えてしまった。もとからそこには誰もいなかったかのように。
エリは溜息と共に立ち上がった。
「さて……。オペレーター、名前は? たしか新人よね。ちゃんと追跡しておきなさいよ。危ないところだったじゃない」
『キ、キタガワです。申し訳ありません、まだ慣れてないもので』
エリの頭の中に男の声が響いた。
「……まったく、研修は受けてるんでしょ? で、全部片付いたの?」
『はい、レイイチさんが直接。ただそちらのエリアはまだ……あっ……すいません、そちらに五体ほど向かっています』
「ほど?」
『す、すみません、五体です』
「分かった。奴らだいぶ近づいてきてるわ。しっかり見ておいて。それと……会長にも報告しておいた方がいいわ。もちろん報告書の書き方は分かるわよね?」
『はい』
エリは前方の空に輝く青い太陽を見据えた。眉間にしわを寄せ、睨んでいるといった方がいいだろう。
しばらくの間、静かな時間が流れた。
ホログラムの波だけが、音も立てずに寄せては返している。
エリは瞳を閉じ、深呼吸した。
突然、四つの霧の渦がエリの背後に現れた。
渦巻く霧が空中の一点に集まり、徐々に形を成す。
そこから現れたのは、四人の大柄なサムライ達だ。
顔は黒い面で隠れ、立派な甲冑が重厚な光を放っている。
エリが目を見開いたのと、青い太陽と重なるようにして五体の赤い化け物が現れたのは、ほぼ同時だった。
赤い化け物は低空を弾丸のように飛んでくる。
それに向かってエリが駆け出すと、サムライ達も走り出した。
「行け」
エリの命令にサムライ達は抜刀した。
赤い化け物はもう目前だ。
駆けながらエリも日本刀を鞘から抜いた。
青い太陽の光で、銀色の刃先が鋭く輝く。
ものすごい速さで向かってきた一匹に、エリは嬉々として笑いながら、下から刀を振り上げる。
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