第3話だがそこにあるはずの顔は無く、
三人は何かを叫び、少年の方に駆け寄ってきた。
驚いた表情で互いの顔を見合っている。
メガネをかけた若い白人男性に何かを話しかけられたが、日本語ではなかったので理解出来なかった。なんとなく英語というのは分かったが、少年はまだ英語の学習が始まって間もない年齢だった。
他の二人はしきりに辺りを伺っており、特に空をよく見上げていた。
三人は何かに怯えているように思えた。
その後もいくつか話しかけられたが、意思の疎通は出来なかった。
ただ「チャイナ、ジャパン、アジア」という三つの単語は理解出来たので、少年は「ジャパン」と答えた。
白人男性は頭を抱え「オゥシット!」と叫んだ。
ここは日本か、と三人で話しているように見えた。
ついてこい、というジェスチャーに従い、少年は三人の後を追う。
三人は小走りで、元いた廃屋へ戻ってゆく。
やはりしきりに空を気にしていて、その様子は天敵に怯える小動物のようだった。
空は相変わらず薄紫色をしている。
ふと、少年は前方の空に動くものを発見した。
赤い布切れのようなものがゆらゆらと漂っていた。
「あのっ! ……ねえ、あれ! なんかいるよ!」
少年は声を張り上げ、赤い布切れを指差した。
それを見た黒人男性は「シャドッ!」と叫び、血相を変えて森の中へ駈け出した。他の二人も慌てた様子で散った。
少年も女性に手を引かれ、森の中に入った。ほとんど全速力で女性は駆け、少年は付いてゆくのに必死だった。いくつもの木々を追い越し、すり抜け、やがて女性の息が上がり、二人は足を止めた。
少年の方も限界に近かった。
しばらく二人は肩で息をし、膝に手をついて身体を休めた。女性が少年に何か話しかけたが、意味は分からなかった。けれども状況から、ここまでくれば大丈夫と言っているのだと少年は推測した。
男性二人の姿は見えない。
どうやら逸れてしまったみたいだ。
小さな川が目の前にあった。岩だらけの寂しげな川は冷たそうで、細かく蛇行しながら二人の前を右から左へと流れていた。
何となくその流れを目で追っていた少年は、ある一点で視線を止めた。
川の向こう側、乱立する木々の間に赤い布切れを頭から被った人がいたのだ。
その人物は微動だにせず、じっとこちらを見ている。不気味に思った少年は女性の袖を引っ張り、その方向を指差した。
その途端、女性は悲鳴を上げ、少年を置いて逃げ出した。
同時に赤い布切れを被った人物はその場から勢いよく飛んだ。少年はその時初めて、先ほど空を漂っていたのと同一のモノだということに気が付いた。
そして人ではないという事も。
その赤いモノは森の上に出たのか、少年からは見えない。
少年は女性の後を追った。まだ姿が確認できる距離なのでさほど遠くまで行っていなかった。
女性が木の陰に入った。
数十秒の後、少年がそこを覗き込むと、視界いっぱいにゆらゆらと揺れる赤い布切れが飛び込んできた。
「ひっ」と慄き、少年はその場に尻餅をついた。
女性は首を絞められていた。その赤いモノは地表から五十㎝ほどの空中で静止しており、足がなかった。
女性を掴んでいる腕は紫に変色し、太さは小枝ほどにもかかわらず、女性の首を片手で掴み、その身を中に浮かしている。
フードに隠れた顔がこちらを向いた。
だがそこにあるはずの顔は無く、あったのはただただ深い闇だった。ブラックホールのような黒い深淵が渦を巻いている。それを見た少年は全身が粟立った。
――――――――化け物!
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