第9話 それは、驚くべきことに。

 次の日、艦内ではヨハンを含む士官たちが出席して会議が行われた。その中で、艦長は定例戦略会議のためにノーチラス号をはじめとする同盟軍主要艦は二週間後に指定座標に集まるよう指示を受けたことを明らかにした。艦長が話し終わると、詳細を無線長が補足した。現在でも生き残っている衛星の一つを通じて同盟軍の規格で暗号化された文書が昨日届いた。いつも使われている衛星からではなかったので解読に時間を要したが、内容は艦長が述べたとおりである。指定座標は日本海の真ん中であり、秘密基地のいずれでもなかった。これも異例ではあるが何らかの事情を考慮しての上で判断したものと考えられる、と。

 二週間はあっという間に過ぎた。ヨハンは仕事とリーナに会うことの両方を楽しみながら日々を送っていた。ある日、とうとう対馬海峡を抜けたノーチラス号は、日本海に入ってほかの同盟軍艦隊と合流した。艦隊は当然ながらすべて潜水艦で構成されていたから、海底付近の岩場に停泊地を見つけて整列した。音響通信回線が開かれ、各艦はそれぞれの状況を報告しあった。ちょうどノーチラス号の報告が始まったその時だった。戦術士官のコールマンが叫んだ。

「対馬海峡で異変。ミニサブ級の潜水艦が数千・・・数万出現!」

 同時に各同盟艦からも同様の警報が上がった。同盟軍旗艦・アルテミス号は各艦散開しつつ戦闘態勢を取るよう指示した。

「総員戦闘態勢!」

 艦長が指示を飛ばす。艦橋に駆け込むもの、部署に就くため駆け出すもの、皆一様に驚愕の表情を浮かべている。

 その後に起きたことは、全員が部署に就いてからだったのが唯一の幸いだったといえよう。

「なんだあれは!」

 副長のアーヴィングがはじめに気付いた。立体ソナーの画面の中で、海底から突如巨大な岩がせりあがって、魚雷を四方八方に発射し始めたのだ。艦隊の端に位置していたノーチラス号は幸い射程外だったが、『岩』の近くにいた軍艦は回避行動をとり始めた。

「副長、指揮を任せる」

 艦長はそういうと、ヨハンを呼んだ。

「もっと早くに話しておくべきだったが、君にはリーナを任せたい」

 ヨハンは驚いた。

「どういうことです?」

「リーナは同盟軍にとって重大な秘密を持っている、いや、埋め込まれていると言ったほうがいいかもしれん。時が来るまでそれを、そして娘のリーナを守ってくれ」

 ヨハンは言葉もなく艦長を見返すだけだった。

「脱出ポッドに行くのだ。さあ、取り返しのつかなくなる前に」

 艦長に畳みかけられてヨハンは決意した。

「リーナ、おいで」

 リーナは艦長を、いや、父親を抱きしめると、何事か彼の耳にささやいてヨハンのほうに向きなおり、その手を取った。

「いいかい?」

「ええ」

 脱出ポッドは気密構造になった直径二メートルほどの球体である。ヨハンはリーナを先に入れると、中へ入り気密ドアを閉めた。大きな赤いレバーを引くと、脱出ポッドはノーチラス号を離れた。先ほどの魚雷攻撃はまだ続いているのだろう、気密壁越しに低く鈍い音が聞こえる。しかし、それもつかの間二人を乗せたポッドは海面に向かって浮上し始めた。


 数十分でポッドは日本海の水面に浮上した。ヨハンは潜望鏡を出してあたりを見回した。どちらを向いても海しか見えない。仕方がないので潜望鏡を戻してヨハンはリーナの肩に手を回した。リーナは大人しくしていたが、父や仲間たちを案じているのが、ヨハンにもわかった。そうしてじっとしたまま時間が過ぎるに任せていると、突然ポッドが大きく揺れ始めた。窓の外で、海面がどんどん下へ遠ざかっていく。リーナは悲鳴をあげてヨハンにしがみついた。やがて揺れが小さくなると、金属音を立ててポッドはどこかに固定された。あたりを人が大勢走り回って、ポッドを取り囲んだ。

「出てこい、さもないとこじ開けるぞ」

 ヨハンはリーナの方を見た。リーナは小さくうなずいた。ヨハンは気密壁を開けると、リーナとともに手をあげて投降した。彼らを取り囲んでいたのは薄茶色の制服を着た兵士たちだった。あたりは巨大な格納庫のような場所で、金属でできた天井や壁には殺風景な電灯がいくつもついて、部屋を煌々と照らしていた。奥行きはざっと百メートル、幅は二十メートル以上あったが、ヨハンはここが航空機の中であることを確信した。格納庫の中には人型の自動化兵器が何体も置いてあった。リーナはそれらをじっと見つめていた。

 兵士たちは二人に手錠をかけると、機内の通路を通って艦橋のようなところへ連れていった。そこにはすでに同盟軍の人間が数人集められていた。艦橋にいた士官が全員を壁際に立たせた。そこからは艦橋の正面にある巨大な窓が見えた。窓の外には靄のかかった空と、凪いだ海しか見えなかった。士官は将校の肩章をつけた男と変わった。男は流暢な英語で話し始めた。


「飛行空母へようこそ、同盟の諸君。今この瞬間にも君たちの同胞が海の底で死につつあるのに、なぜ自分たちだけ逃げ出したのか、わかっているだろう。例の物を渡してもらおう。そうすれば攻撃を止めることを考えてもいい」

 壁際に立たされた同盟兵たちは一様に押し黙ったままだった。将校がさっきの士官に目配せすると、士官は拳銃を取り上げてリーナに銃口を向けた。リーナが身をすくめて、ヨハンの方を見た。

「やめろ、撃つならぼくを撃て!」

 ヨハンはとっさに叫んだ。士官は顔色一つ変えずにヨハンの方へゆっくりと銃口を向けた。

「自分を撃てとは、貴様は例の物を持っていないと白状したようなものだ。ではまず貴様から殺してやる」

「やめて!」

 リーナが叫んだ。その瞬間、艦橋の照明が落ち、窓の防弾扉が閉まった。真っ暗になった艦橋で、士官たちがどよめいた。その一瞬の隙をついて、同盟軍兵士の一人が銃を構えた士官に体当たりをした。銃声がこだまして、人が床に叩きつけられる音がした。それと同時に、艦橋の外で激しい銃撃戦が起き、自動化兵器が雪崩を打って艦橋に飛び込んで来た。驚いたことに、自動化兵器は一体残らず味方に、つまり艦橋の士官たちに銃を向けていた。赤い非常灯に照らされた艦橋で、将校をはじめ士官たちが凍りつくのがわかった。

「銃を捨てて投降しなさい、さもないとこの飛行機を墜落させます」


 沈黙を破ったのは、なんとリーナだった。

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