第7話 そこには、君がいて。

 そんなことを考えながらぼんやり個室のデスクに向かっていると、扉をたたくものがいた。開けてみるとリーナだった。

「新しい制服を届けに来たわ」

 見ると、彼女は両手に黒い制服を抱えていた。

「制服?ぼくに?」

「そうよ、あなたの制服なの。だってあなた、作業着しか持ってないでしょう」

 そう言って彼女はその制服をヨハンに渡した。

「ね、制服いま着てみてちょうだいよ。きっと似合うわ」

 ヨハンはまじまじと彼女の顔を見つめた。驚いたことに、彼女はとても美しかった。なぜ今まで気づかなかったのだろう。

「どうしたの?」

「いや、ちょっとね。わかった、着てみるから外で少し待っていてくれる?」


 数分後、制服に身を包んだヨハンが部屋のドアを開けるとそこにリーナはいなかった。きっと用事で呼ばれたのだろう。ヨハンはがっかりしてドアを閉めかけた。すると、ドアの向こう側からクスクス笑う声が聞こえた。ヨハンはびっくりしてドアをもう一度開けて、ドアの反対側を覗き込んだ。案の定そこにはリーナが隠れていて、ヨハンの顔を見るとまた笑い始めた。ヨハンはよくわからなかったがつられて笑い出した。

「あなたったら、とっても大きなため息をついていたわ。ご存じ?」

「ああ、そんな気もする」

 そういいながらヨハンはドアのかげからリーナの前に姿を現した。リーナが歓声を上げた。

「まぁ、すてきじゃない。とっても似合っているわ」

「どうもありがとう」

「これね、ほとんどあたしが裁縫したのよ」

「本当に?すごいね。なんてお礼したらいいかな」

「あたしの頬にキスしてくれる?」

 突然のことにヨハンは当惑した。

「そういうのは嫌い、だった?」

 リーナは明らかに落ち込んでいた。

「ごめん、あたし行くね」

 ヨハンは彼女の手を取って引き留めた。

「すまない、ぼくが悪かった。ぼくは今まで女性と親しくなったことがないから、どうしたらいいのか…」

「どうしたらいいのわからないときは言われたとおりにするのよ」

 そういうとリーナはきらきら輝く目でヨハンを見た。ヨハンは意を決して彼女を引きよせると、そっとその頬にキスをした。

「ありがとう、リーナ」


 ヨハンが艦橋へ行くと、たまたま居合わせた無線長が口笛を吹いた。

「おーいみんな、色男の登場だぜ」

 さてはさっきの場面を誰かに見られたな、とヨハンは思った。

「頬に口紅がついてるぞ」

「リーナは口紅なんかしてないぞ」

 こう言ってヨハンはしまったと思った。しかし、時すでに遅く、事情を知らなかった下士官たちまで得心顔でにやにや笑いはじめた。その日は一日中そんな様子だった。


 次の日、二人は廊下でばったり出くわした。

「やっぱりそうなのね。あたしも厨房で散々からかわれたわ」

 そう言いながらもリーナはどことなくうれしそうだった。

「君はいつも笑っているなぁ」

「あら、あなたもよ」

 そういわれてヨハンは自分がリーナの前ではいつも笑顔でいられることに気付いた。ヨハンはこの発見を伝えたいという欲求にかられたが、なんといっていいかわからず二人は結局そのまま別れた。

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