第2話 あの日、姉はぼくのせいで。

 そう、あれは十五歳の夏だった。中等学校の最終学年だったヨハンは、相当の成績優秀者しか入れない少年共産団の主計局で局長をしていた。青年共産団での幹部職も約束され、ゆくゆくは共産党の最高機関である政治局の局員を目指していた。

 短い夏休みは両親と姉とともにダーハウの農場で過ごすことになっていた。父は共産党の経済局で働く熱心な党員で、姉弟は幼いころから共産主義教育を学校のみならず家でも受けてきた。まだ小さかったヨハンが学校で学芸賞などをもらって帰ると父母とも非常に喜んで、果ては政治局将校閣下になるのだぞと励ましてくれた。四つ上の姉はしかし、やさしい微笑みをたたえて「あなたの人生よ」とささやくだけだった。

 夏休みが始まり、見習い看護師だった姉が大陸側の捕虜収容所での仕事から帰ってきた。彼女にとっては初めての外地であったが、人を助ける仕事をしたいと言って自ら応募した仕事だった。ところが、帰ってきた姉はもう微笑んでいなかった。両親はつかれたのだろうといって彼女を寝室へやったが、姉はそっとヨハンの部屋にやってくると、彼を抱きしめて泣き崩れた。ヨハンはどうしていいかわからずただ彼女の髪を撫ぜてやるだけだった。

 ひとしきり泣いた後、彼女は驚くべき話をヨハンにした。本当はあなたには知ってほしくない、でも、と言って彼女は自分が捕虜の拷問に携わった話をした。外地の収容所では、いや、この世界全体で恐ろしいことが起こっている、と彼女は涙ながらに話した。共産党は歴史を改ざんし、外国人の捕虜を拷問し、人々を搾取している、と。ヨハンは話の内容に驚いたが、幼い傲慢さも手伝って党を正当化する議論を始めた。共産党は資本家の貪欲さから、政治家の無能さから人民を守ってきたし、あと二十年もすれば戦争なんてなくなる、と。

 姉は悲しげに微笑むと、自室へ帰って行った。それが、彼女の見納めだった。ヨハンは、彼女を少年共産団に密告したのだ。ほんの軽い気持ちだった。だが、電話をして十五分もたたないうちにジープに乗った人民保安部の武装警官が現れて、彼女を連れ去った。それ以来、家の中でも外でも彼女の名は口に出されることがなかった…

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