公爵家の隠し子 Ⅴ
シャロンと顔を合わせ、記念すべき初のオーレリア家の二人との会食を済ませた次の日。
オーレリア邸の裏庭。
表にある花の庭園とは打って変わり、殺風景な景色が広がる場所は半径十五メートルに亘って、地面の草など丁寧に刈り取られ平面に整備されている。
先には木々が広がるばかりで、見蕩れるものなどありはしない。
しかし裏庭に居る三つの人影は、庭の中央に向かい合うようにして立っている二人の男女に視線を集中させている。
「二人とも、準備はいいわね?」
中央の男女を見守る三人の内の一人、美しき銀髪を靡かせたエスティアが、双方に視線を動かし確認を取る。
「ああ」
「こちらも問題ありません」
男女。緋色とメイドのノキアが対立していた。
これより始まるのは、
ラグナロクを装着した状態の緋色の実力を図る為、此度の試合は設定された。
どうして緋色がこの状況に至ったか、それを説明するには、神器霊装に付いて色々と知れた、実に有意義だった昨日の会食の時まで針を戻す必要がある。
*
目の前に置かれた数枚の大小様々な皿。
皿の上には料理上手な者でも到底真似できそうにない、高級なレストランで見るような凝った肉料理が置かれている。
右手にナイフ左手にフォークを持った緋色は、右に座るシャロンの手付きを真似て、出された料理を拙く切り分け口に運ぶ。
「食べ辛い……」
慣れない食器のせいで、食べる事一つにも手古摺ってしまい、思わず愚痴る。
エスティアやシャロンは音を立てずに綺麗に食べているが、比べて緋色はチャカチャカとおおよそ貴族にあるまじき音楽を奏でている。
地球にいた時も含め、高級レストランなど行ったことなどなく、テーブルマナーに関しての知識は皆無。
レストランと言えば精々がファミリーレストランであり、ファミレスだってマナーをガン無視して食べていた。
そんな緋色にテーブルマナーを求める方が可哀想だが、貴族となった以上それは言い訳にならない。
顔を顰め料理と格闘していると、横に居たシャロンが手を止め話し掛けてきた。
「お兄様、ナイフとフォークをお使いになるのは初めてですか?」
「ん? ああ、前住んでたところじゃあ無かったしな」
「そ、それはなんと……」
緋色としては、日本の実家の方ではもっぱら箸ばかりでナイフとフォークは基本使っていなかったよ、と言ったつもりなのだが。
何を勘違いしたか、少し同情の色を浮かべたシャロン。
おおかた食器も買えない、貧しい生活をしていたとでも思われたのだろう。
今更訂正するのも面倒なので、黙って手を動かす。
「では、今度私と一緒に覚えていきましょう。大丈夫です! こう見えても私教えるの得意なんですよ?」
「ああうん、ありがとう」
勘違いはされたが、テーブルマナーを教われるならそれに越したことはない。
感謝と勘違いへの諦念が入り交じった複雑な感情がこみ上げてくるも、仕方ない仕方ないと自分に言い聞かせる。
「いい子でしょう?」
口元を拭きながら意地の悪い笑みを浮かべるのは、上座に座るエスティア。
全てを知りながらシャロンの勘違いを訂正する事は無く、笑いながら成り行きを見守っている事に思う所がない訳では無いが、いくら言っても無駄だと分かっていたため、睨みつけるだけに留まる。
「そう言えば、私近々ヒイロの力が見てみたいと思うの」
唐突に、笑みを消して元帥としての顔を見せる。
はて? と一瞬言われた事を理解出来なかったが、遅れてラグナロクの性能の事だと思い至る。
国の保有する兵器の力を把握するのは、軍人の長として当然であり何ら不思議ではない。
緋色は分かった、と一言だけ言って頷く。
「そうね。貴方の傷を考慮して、だいたい二三ヶ月後には完治して体を動かせるようになるかしら」
緋色の身体は、迷宮に巣食う化け物によって、骨折や罅と言った重いとは言えないが、決して軽いとも言えない怪我を負っている。
エスティア達、軍の適切な処置のお陰で多少痛みは感じるが生活をするには問題無いが、戦闘行為などと言った激しく体を動かす事は無理だと思われていた。
だが、エスティアの考えとは真逆に、緋色はあっけらかんと言い放つ。
「いや、傷ならもう完治した。明日からでも大丈夫だ」
思っていた言葉とは、いい意味で違っていた事に、一瞬だけ目を見開く。
緋色の傷は、決して二三日でなるようなものでは無い。
エスティアも医学の知識は専門家には敵わないものの、下手な医師よりは多少ある。
そのエスティアの一見でも、緋色の傷は二三日で治るようなものでは無いと分かっていた。
「あら、一体どういうことかしら。決して軽くない傷だったはずなのだけれど、お姉ちゃん気になるわ」
どう言った手品なのか、緋色に問い掛けると、答えたのはラグナロクの方だった。
『横から失礼するよ。それについては、私から説明しよう』
何処からともなく聞こえてきた声に、緋色とエスティアを除いたその場にいたシャロンとエリスが驚く。
しかし口を挟むべきではないと、会話の流れから察して質問を投げかけるような真似はしなかった。
シャロンの疑問を感じ取った緋色は、右手を、特に中指に嵌められた指輪をシャロン達に見えるよう差し出す。
『初めまして。エスティア嬢以外には、こうして話すのは始めてだね。私はラグナロク、まぁ有り体に言って話す事の出来る神器霊装さ』
話す事の出来る、ラグナロクの口振りから随分前から思っていたが神器霊装は基本話せないものなのだろう。
当然か、鎧が話す摩訶不思議現象なんてそうそうあるもんではない。
シャロン達の驚きを浮かべた顔からも、ラグナロクの希少さ分かる。
……いや、あれは単に指輪から聞こえた声に驚いているだけかもしれない。神器霊装の価値に対してのものとは少し違って感じる。
だが、あのエスティアが驚いていたとラグナロクが言っていたのだ。
神器霊装がどんなものなのかを知る彼女なら、個の意思を持って言語を話すラグナロクの価値を理解している筈だ。
「それで、どういう事かしら」
紹介は十分だろうと、エスティア会話を切らせて先程の話しを続けた。
『まずエスティア嬢は私達、神器霊装と契約を結ぶその意味を知っているか?』
「意味? それは
『ああ、その解釈で間違ってないよ』
どういう事か、疑問符を頭上に浮かべるエスティアとは違い、緋色はラグナロクの言わんとする事を知っていた。
正確には、最近知ったと言うべきか。
『そもそも
──隔絶の星。
ラグナロクと契約を交わす際、緋色の脳裏に天からの啓示の如く、深く、そして鮮明に顕れた言葉。
それが何を意味するのか緋色には分からないが、神器霊装を構成する大切な鍵の一つだと言うことは、何となく直感で理解出来た。
「星の力……」
確認するように、ラグナロクの言葉をエスティアが反芻する。
『星の持つ暴力的な力。それらを“鎧”という形で体系化し構成したものが私達、
「なるほどね。星そのものの力。故にアストラルというわけね」
『そうだ。……さて、ここで質問だ』
区切るように、少し間を開けてからラグナロクが続きを吐き出す。
『そのような馬鹿げた力に、人が耐えられると思うか?』
「無理ね」
即答だった。
当然だろう、今の質問をされれば相当オツムが弱くない限り、誰であろうとNoと返答する。
緋色がこの話をラグナロクより聞いた時も、エスティア同様の返答を即答に近いタイミングで答えた。
地球の現代科学で持ってして星の全容を知る事は出来ても、星というエネルギーの塊を形にすることは愚か、星の力を兵器として用いる事すら出来ていない。
辛うじていえば一昔前、ドイツ軍が太陽砲と言う太陽光を使った天然の指向性エネルギーレーザー兵器を研究していたが。
しかしそれは星の持つ全てのエネルギーの中で、一パーセントにも届くかどうかという微々たる量。
──だが、神器霊装は違う。
星という人間の埒外の力、質量、神秘。
それらを余すこと無く閉じ込め、一つの歴史に終焉をもたらす程の兵器とした。
まさに偉業にして、異常とも呼ぶべきそれを成したのが一人の女性だと言うのだから、緋色はこの話を聞いた時かつて存在した魔法使いアルシェーラに畏怖の念を禁じ得なかった。
『そう。耐えられるわけがない。無理に身体に入れようものなら、全身から血が吹き出たあとに爆散して、愉快なオブジェになる』
「え?」
声を上げたのは緋色だった。
今言われた事は聞いていなかったのだろう、緋色はラグナロクの言葉通りのことを自分に想像してしまい、顔を青くする。
同時に最悪な事にならず、ほっと安堵。
『……オホン! 続けるぞ』
話の腰を折られたので、咳払いをして緋色の意識を戻す。
『そこで私達、神器霊装を扱えるようになる為にある事を契約を結んだ相手にする』
「ある事……ですか?」
ラグナロクの話に興味を持ったのか、質問をしたのは、それまで黙っていたシャロンだった。
エリスを見れば、声に出さずともシャロンと同じく好奇心の色が瞳に宿っている。
今から千年近くも前の、それこそ御伽噺に出てくる時代に誕生した
軍人でなくとも興味を持つのは自然と言えた。
『────肉体の再構築だよ』
星を受け入れる為に施される、禁忌とされる術式を使った究極の手段。
人体の再構築。あるいは錬成。またあるいは創造。
人が人のままで……そして人を超越した力を手に入れる為に、身体は一度バラバラになり光速で作り直される。
契約者が痛みを認識するよりも速く構築された肉体は、それまでの性能を大きく凌駕する。
五感の強化、獣の如き第六感、英雄の域に至る身体能力。
緋色の傷が僅か数日で完治したのも、人体構築の禁術により、自然治癒力が人外の領域にまで強化された恩恵によるもの。
……人によっては、これを呪いと呼ぶ者もいる。
『魂と共に肉体を
「ちょ、ちょっと待ってください! 人体を作り替え魂にすら干渉する魔法は、今は失われた禁術ですよ!?」
焦った様子で、捲し立てるシャロン。
彼女の言い様から、恐らくラグナロクの話した事は他に知られるのはまずい事なんだろうと予想する。
──禁術、以下にも厄介そうな言葉だ。
エスティアもどこか深く考え込む仕草をし、胸元で腕を組んで口を開いた。
「話は分かったわ。確かにそれなら、緋色の傷にも納得が行くわね。……だけど」
はぁ、とエスティアは溜め込んだ息を吐き出す。
神妙な面持ちのエスティアは面倒な事になったという風に、月のような美しい顔に僅かに影を落としている。
「今この場にいる者は、今の話を他言無用にしなさい。これはオーレリア家当主としての命でしてよ」
「はい」
「了解しました」
「……ああ」
シャロンやエリスに続いて、流れで了承の意を言葉にする。
今も尚、殆どが解明されていない神器霊装について意図せずして知る事となり、緋色を除くオーレリア家の面々は複雑な表情を浮かべていた。
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