公爵家の隠し子 Ⅰ

 

 今日で行軍は三日目を迎えた。

 土を蹴る擦れた音が、幾何も重なり仰々しい音楽を奏でる。

 列をなして突き進む人の群れは、鎧を着込んでいる者が半数以上を占める。

 彼らはアルスティア皇国に軍籍を置く軍人であり、その命と忠誠を国に捧げた者達だ。

 列の中腹には複数の馬車があり、馬車の中は荷物を詰んだ馬車と、後方より指示を出す副官等の役割を持った者が乗っている馬車がある。

 その中でも一回り大きく、他の馬車よりも一馬多い三匹の馬で引いているものがあった。

 軍階級に置いて最上位の元帥が乗車する馬車だ。

 中には紅茶を楽しむエスティアと、退屈そうに頬杖を突き外を眺める緋色。

 あとは二人ばかりの護衛兵が、共に腰を下ろし揺られていた。


「いやぁ! にしても、まさかヒイロさんが元帥様の弟さんだったとは! こんな偶然あるもんなんすね!」


 はつらつとした声音で、笑顔を浮かべながら喋っているのは、緋色の隣に座った若い男の兵士。

 たしかジークと言う名前だったか。

 護衛兵は日替わりだった為、うろ覚えだが確かそんな名前だった筈だ。


「あぁ、そうだな」

「でも流石はエスティア元帥様の弟。まさか一人でダンタリオン攻略しちゃうなんて」

「全身ボロボロだったけどな」

「それでもですよ! ダンタリオンに限らず、迷宮ダンジョンってのは一人で行くものじゃないっすから。しかも攻略って、これは偉業と言っても過言じゃないです!」


 この調子で、護衛を担当する兵として紹介された出発前から、緋色に対して飽きること無く話し続けている。

 養子となった緋色は建前上貴族だ。

 貴族という事で、ジークは拙いながらも一応敬語を使っているが、やはりどこか馴れ馴れしさを感じる。

 しかし悪い意味ではない。

 こうも気安く話し掛けてくれているおかげで、暇な車内においてする事が無い緋色にとってはいい暇潰しになる。


「ヒイロさんは凄いっすよ!」


 このさん付けも、初めは様呼びに違和感を感じ緋色自身から言ってやめてもらったのだ。

 ジークが目を輝かせながら緋色を褒めていると、正面に座るエスティアが話に入ってきた。


「そうそう。話の最中で悪いのだけれど、帰ってからの話をしましょうか」

「帰ってからの?」

「ええ。のですもの、今後の事を考えるのは当然でなくて? それともお姉ちゃんと話すのが嫌かしら?」


 緋色は現在、オーレリア家を離れて何年も行方知れずだった弟、という事になっていた。

 緋色が養子になるにあたって何の理由もなく、弟ですと紹介する訳にはいかない。

 そこでエスティアはシナリオを考えたのだ。

 内容としては、前当主ジギル・オーレリアが侍女との間に芽生えた愛の末作った子供が居た。

 正妻たるシエスタ・オーレリアはその愛を良しとし一夫多妻を認めたが、それによりジギルは周りに侍女に手を出す主人として陰口を言われるようになってしまう。

 故に侍女は愛した男が自分のせいで悪く言われることと、身分の低い自身ではジギルと釣り合わないと何年も自責の念に苛まれ、到頭とうとう子を産んで数年後に行方をくらませた。

 これが即興で作ったエスティアの筋書きだ。


「いいじゃないですか! 二人は何年も会えなくて、やっと今日再会したんですよね! 俺らの事は気にせず、積もる話も今後の事も存分に話し合ってください!」


 涙をためて瞳を潤ませる。

 三日前の朝礼時に、エスティアのシナリオを聞かされていたからだろう。

 いかにも人情派で感動話に弱そうなジークは、震える声で「ほ、本当に良かったっす……!」と泣き出しそうだった。

 それが作り話である事を知っている緋色は、ジークを見て多少の罪悪感が湧いてくる。


「……で、なんだ姉さん」


 養子になる以上仕方ない事だが、自分が誰かを姉と呼ぶ事に違和感を覚え、内心苦笑いをする。

 初めは貴族ということもあり、姉様呼びで呼んでいたが余りにも違和感があり、さんで妥協したのだ。


「ジークの言う通り積もる話もあるのだけれど……それはあとに回しましょうか。今は、エルフィア魔術学院について話しましょう」


 魔術学院。

 名前からして学校だろうと緋色は予想する。

 すると、横からジークの声が聞こえた。


「あぁ、あの学校っすか」


 苦虫を噛み潰したような声で、顔を歪ませる。

 苦い思い出でもあるのだろうか。

 まるで知っている口振りから、緋色はつい質問をした。


「知っているのか?」

「知ってるって言いうか何というか、俺ら平民からしちゃあ憧れの学校ばしょなんですよ」

「憧れ? そんなに凄い場所なのか?」

「凄いなんてもんじゃないっすよ。生徒の大半は貴族で、やる事なす事全てに金がかかっているんですから」


 ジークの話から全てが金で出来た、いかにも成金の学校を想像する。

 想像しておいてなんだが、緋色は絶対に行きたくないと思ってしまった。

 しかしなんとなく嫌だという理由で断る事もできない為、緋色はゲンナリする。


「お前らはそんなのに憧れてるのか……」

「何を想像してるかは分かんないですけど、俺らが憧れている部分はそこじゃないっすよ。俺らが学院に入りたがる理由はズバリ! 一度入学すれば平民は授業料や学食諸々が無料になることです!」


 ほう、と感嘆の声を漏らす。

 学院の規模は知らないが、入る事さえ出来ればその一切が無料になる。

 何とも太っ腹な事だ。

 それは確かに平民と呼ばれる人種達が、憧れるに値する。

 緋色がエスティアから聞いた情報では、この世界の平民は金のある者を除いて満足な教育を受けられていないらしい。

 件の学院は、そう言った者達からすれば何としても入りたい場所なのだろう。


「まあ試験が難し過ぎて、そう簡単には入れないんすけどね」


 ジークが漏らした最後の言葉に、ふと違和感を感じた。


「ん、可笑しくないか?」

「何がっすか?」

「平民は満足な教育を受けられないのに、その学校に入学する為に試験を行うなんて。明らかに入れる気ないじゃねぇか」

「いやいや、そんな事ないっすよ。有料ですけど国の図書館が一般開放されてるんで、皆そこで独学で勉強するんです」

「……なるほど」


 きちんとした指導を受けられない代わりに、国が保有する一般開放された図書館で必死に勉強をし。

 国は施設を貸し与える事で収入を得て、あわよくば学院に入れる優秀な人材を育てられる。

 アルスティア皇国にとっては利だけが生まれる、よく出来た循環システムだ。


「それで、ジークは行けたのか?」

「いやぁ……自分は努力が足りなかったみたいです」


 ははは、と乾いた笑いをジークは浮かべた。

 緋色は先程のジークの苦い顔の理由を理解した。


「コホンッ!」


 エスティアの横に座る無口な女性の兵が、咳払いをする。

 すると途端に苦笑いから一転、ジークがはっと何かに気付く。


「す、すみませんエスティア様! 姉弟の話を遮ってしまいました!」


 今の今まで黙っていた見た目からして大人しそうな女性兵は、エスティアと緋色の会話に割って入ったジークに注意の意味を込めて咳払いをしたのだ。

 些か遅い気もするが、それはタイミングを測っていたため。


「いいわ、説明する手間が省けたもの。それでヒイロ、貴方は学院に入ることに異議はありまして?」

「いや、ない」

「そう。なら帰宅次第を進めて、来年には入学の出来るよう手続きをしましょう」


 エスティアが言葉を終えた時。

 帰還を告げる野太い声が外から聞こえた。


『アルスティアの城壁が見えたぞおぉぉ──!』


 エスティアは飲み終えたカップを机に置く。


「長い馬車の旅も終わりのようね」


 微笑みながら三日ぶりの故郷に向けて優しい顔を浮かべ。

 緋色は好奇心から窓に身を乗り出し前方に顔を向ける。


「──っ!」


 一陣の風が吹き抜け思わず視界を塞ぐ。

 が、すぐに開き緋の色をした瞳で眼前に広がる光景を焼き付けた。

 そこには純白の城壁と門、流麗にして荘厳たる白亜の城。

 ここから僅かに見える街並みは、絵画のような中世を思わさせる美しきもの。

 あれが華咲く都と謳われる“アルスティア皇国”。

 この世界で、緋色の帰るべき場所となる国の姿だった。



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