動き出す日ー2
午後7時―
二人は全てのゲーム機で遊ぶと、ゲームセンターを後にした。
外は日が暮れ、白い息が出るまでに気温が下がっている。
「ずいぶん長くいたなぁ……もう夜だ」
「兄ちゃんリズムゲームとクレーンゲーム凄かったね!カッコよかったよ」
興奮気味のユウタが、クマのぬいぐるみを抱きしめながら称賛する。
このぬいぐるみは、瀧聲がクレーンゲームでとったものだ。
「うーん、喜んでくれるのは嬉しいけど、こっちはいらないの?」
そう言いながら瀧聲が土偶を差し出すが、ユウタはふるふると首を振る。
「その人形はいらない……何でこんな変なものをとっちゃったの?」
「だってこのクレーンゲームが一番空いてたから...でも何で空いてたんだろう?アームの握力も強くて取りやすかったのに……」
土偶を撫でながら首を傾げる瀧聲。
『空いてるからといってクレーンゲームはしない』、『クレーンゲームで土偶を欲しがる人は少ない』という認識が彼にはない。
「人形も変だけど『プリクラ』も変だったよね...せっかく兄ちゃんと写りたかったのになぁ」
ポケットからプリクラを取り出したユウタは、それを透かすかのようにして空に掲げる。
デコレーションや背景がお洒落だが、肝心の被写体――瀧聲とユウタは写っていない。
「説明ではちゃんと写真みたいに写ってたのに...壊れちゃってたのかな?」
「……かもしれないね」
そう答えながら瀧聲はほっと胸を下ろす。
というのも妖怪は写真に写らず、写っても人魂のようにぼやけることが多い。
瀧聲はそのことをすっかり忘れており、撮影が終わってから初めて気づいた。
――ユウタには僕が妖怪だって言ってないし、人魂なんかが写ってたらマズイよな……。
そうひやひやしていたのだが、プリクラには瀧聲どころか、ユウタも写っていなかったのである。
機械の故障なのか分からないが、心霊写真にはならなかったので、瀧聲にとっては非常に都合がよかった。
「うーん、壊れてたならしょうがないか……。また今度撮ろうね、兄ちゃん」
そうにっこり笑ったユウタは、ぬいぐるみを抱えてくるくる回る。
よっぽどぬいぐるみが気に入ったようだ。
そんな様子を黄色い目を細めて瀧聲が見つめる。
――にしてもユウタも『独り』だったんだな。
ユウタの打ち明け話を聞いて1か月。
しばらく行動を共にしたせいか、ユウタは少しずつ自身のことについて話すようになっていた。
瀧聲が聞いた話をまとめると、彼は元々裕福で大きな屋敷に住んでるという。
しかしそれ故に敬遠され、周囲からもかなり浮いた状態だった。
学校に行ってなかったのは、そんな浮いた家の息子であるユウタがクラスでいじめを受けるのではないかと両親が懸念してとった策である。
そのため、普段から誰もいない屋敷で一人過ごしていたユウタは、外へ出たことがほとんどない。
何かを見つけるたびに、興奮して瀧聲を引っ張ったのには、そういう背景があったのだ。
――ユウタが着ているのは学校の制服じゃなくて、裕福な家特有のスーツみたいな私服か……。
裕福な家に生まれ育ったユウタだが、決してその日々は幸せではなかった。
息子を思っての両親の策は、皮肉にも彼を独りぼっちに追い込むこととなってしまったのである。
――やっぱり独りは寂しいよな……。
友人と時代に置いていかれた瀧聲。
彼もまたユウタと同じ『独り』だった。
何となくユウタを見ていて胸が締め付けられるような思いがするのは、そんなユウタと自分を重ねているからなのかもしれない。
「おーい兄ちゃんこっちこっち!」
はっと見れば、ぬいぐるみを抱えたまま、ぶんぶんとユウタが手を振っている。
片手を挙げた瀧聲は、ポケットに手を突っ込むと、ユウタのほうへ歩き出した。
「兄ちゃん遅いよ~、早くしないと置いていっちゃうよ?」
そう言ったユウタは瀧聲の手を見て首を傾げる。
「そういえば兄ちゃんっていつもポケットに手を入れてるけど何で?寒いから?」
「まぁ癖みたいなもんかな……でも寒いのは嫌いだ」
マフラーに顔をうずめて瀧聲が答える。
かつて海へ放り出された時、瀧聲は冷たい水に凍えながら溺死した。
それ以降寒さがトラウマとなり、決定的に苦手なのである。
「寒いの嫌いなんだ……今寒い?」
「うーんマフラーしてるしそこまで寒くないけど……あ、耳は寒いかな。風が吹くと寒い」
「髪の毛があるけど耳って飛び出てるから寒いよね……ねぇ、耳当てって知ってる?」
「耳当て?」
首を捻る瀧聲にユウタが頷く。
「耳を寒さから守るための道具だよ。すごくあったかいんだ」
両手を動かして耳に何かをはめるようなしぐさをするユウタ。
「もし耳当てがもらえるなら欲しい?」
「寒さから守る……うん、それなら欲しいかな。でもどうして急にそんな質問を?」
瀧聲の言葉にビクッとしたユウタは、しどろもどろになって答える。
「いやっちょっと気になっただけ!わわわ忘れて、ね!?」
そして、そのまま瀧聲から視線をそらすと感嘆の声をあげた。
「うわあ~、電気がキラキラしてて綺麗!ね、兄ちゃんもこっちに来てよ!」
――何だろう、何か不自然だな……。
ごまかされたような気がして訝しげに首を傾げていた瀧聲だったが、ユウタに言われて視線を向けると、そんな気持ちも吹っ飛ぶような景色が広がっていた。
「本当だ綺麗……」
二人の前に現れたのは巨大なクリスマスツリーと、それを彩るきらびやかなイルミネーションだった。
時間と共にネオンの色も変化していく。
「そういえばもうすぐクリスマスなんだよね!兄ちゃん知ってた?」
「うーんクリスマスっていうのは知ってるけど行事内容はよく知らないな。……電気で街を明るくする大会?」
その言葉にユウタはがっくりと肩を落とす。
そしてこほんと咳払いすると「クリスマスはね」と説明する。
「楽しいお祭りだよ!チキン食べたりプレゼント交換したりするの」
「チキンを食べる祭り……いいね」
口元の涎をぬぐう瀧聲。『チキンを食べる』以外のユウタの説明は耳にはいっていない。
「広告を見たんだけどクリスマスだからいろんな物が安いみたい。だから今から買いに行ってもいいかな?」
「別にいいけど……肉まん食べてから行かない?お腹すいた……」
手でお腹をおさえる瀧聲。
聞くに堪えない情けない音が聞こえてくる。
「食べてからってさっきもあんまん食べてたでしょ……兄ちゃんお腹減るの早すぎるよ」
呆れたユウタは自分を指さして言う。
「今回は僕一人で買い物に行きたいんだ。だから兄ちゃんはここで待っててよ」
「一人で?大丈夫?」
「大丈夫だよ!7歳だもん、近くだし怖くないよ」
にっこり笑ったユウタはぬいぐるみを抱えたまま走り出す。
「兄ちゃん絶対ついてきちゃダメだからね!そこで待っててね!」
そう念押しすると、ユウタは明かりの向こうに駆けて消えていった。
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