真夜中電車ー2

突然ゴーッという音が消え、再び周囲の客の声が聞こえる。


――外に出たのか。


回想から引き戻された瀧聲は、もう1度窓の外を眺めた。


昼とはまた違った雰囲気を持つ夜の街。

冷たい寒空と対比して家やお店の明かりがあたたかい。



――それにしても、昔より随分明るくなったし便利になったなぁ。


電気、電光掲示板、カラーのチラシ、そして今乗っている電車。

何れも昔の時代には存在していなかったものだ。


――認めたくないけど、時代は流れてるんだな……。


梟の妖怪として生き返ってから、瀧聲は行方不明になった友人を探すべく全国を奔走した。


できるならもう1度会いたいというその一心で。


しかし当時は現代のように個人の情報は整備されていなかったため、友人の情報は何一つ得られなかった。


あれから数百年経った今、あの時溺死していなかったとしても友人はもうこの世にはいない。

頭ではそう分かっていても瀧聲は未だに、今日も街をあてどもなくさまよい歩いている。



――何で急にこんなこと思いだしちゃったのかな……。


やるせない気持ちになった瀧聲は俯くとマフラーに顔をうずめる。



どうして自分だけ生きているのか、どうしていないはずの友人を自分は探し続けているのか。


どんなに考えても答えは見えず、ただ時間が経っていく毎日。

悩み続ける瀧聲を世界は――時間は待ってくれなかった。

目で見なくても、会話や周囲の音を聞くだけであの頃とは全く時代が違うということを思い知らされる。


瀧聲の知る時代はもう、そこにない。



――嫌だ、この時代から逃げたい。……何も聞きたくない……。


そう思いながら壁にもたれかかったその時、電車が激しく揺れると同時にマフラーが急激に絞まるのを感じた。


「うぐっ!?」


突然の出来事にびっくりしてとっさに横を見ると、5~6歳くらいの少年が瀧聲のマフラーを強く引っ張っている。

マフラーがいきなり絞まったのはどうやらこの少年が原因のようだ。


「き、君……手、離して……首、首絞ま……る」


「あっ、ごめんね」


瀧聲の訴えに気づいた少年は、慌ててマフラーを握っていた手を離した。

途端に瀧聲が床に崩れ落ちる。


「大丈夫……?」


心配そうに覗き込む少年を手で制した瀧聲は、息も絶え絶えに質問をぶつけた。


「……僕、君に恨まれるようなことしたかな?」


「あっ違うよ!電車が急に揺れたから転びそうになって、思わず兄ちゃんのマフラーを掴んじゃっただけなんだ」


首をぶんぶん振って大慌てで弁明した少年は「ごめんなさい」と呟くと、申し訳なさそうに俯いた。


「いや、別に怒ってないから」


少年が瀧聲の言葉を聞いて顔をあげるも再び俯く。


「でも兄ちゃん笑ってないよ?怒ってるんじゃないの……?」


「あー……別に無表情はいつものことだから。気にしないで」


そう言いながらマフラーを整えて立ち上がった瀧聲は少年の手を引くと、空いている座席に彼を座らせた。


「ありがとう……」


ようやく怒っていないと分かったのか、ここで初めて少年が笑顔を見せる。

軽く頷いた瀧聲は少年の前に立ってつり革に掴まると、おもむろに訊ねた。


「それにしてもどうして一人で電車にいるんだ?だいぶ時間も遅いけど……」


そう言いながらドア付近のディスプレイに表示されている時計を見る。

時刻は夜中の11時、小さな子どもが一人でうろつくような時間帯ではない。


「え?ええっと、その……」


瀧聲の質問にしどろもどろになる少年。

視線をあちこちに動かしたり手足をせわしなく動かしたりと、非常に言いづらそうである。


「あ、言いたくないなら言わなくてもいいよ。ちょっと気になっただけだし」


「!」


その言葉に顔をあげた少年は一度俯くと、何か決心したような表情で真っ直ぐ瀧聲を見つめ、口を開いた。



「……僕ね、家出したの」

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