真夜中電車ー1

『次は……駅、……駅』


帰宅ラッシュが過ぎた夜の電車。

サラリーマンや酔っぱらいがぽつぽつと座席に座っている中、一人の少年が電車のドアにもたれていた。

ポケットに手を突っ込み俯きがちに立っている姿はどこか哀愁漂っているが、よく見るとその頭がゆっくり上下している。

どうやらドアにもたれたまま眠っているらしい。

電車が停車してもピクリとも起きない。


『ドア、右側が開きます』


アナウンスとともに少年がもたれていたドアが勢いよく開く。


「うわっ……!?」


小さな悲鳴をあげ慌てて傍の棒に捕まる少年。

全体重を預けていたドアが消えたことで、目を覚ましたようだ。


「あぁ、寝てたんだ僕……」


閉まるドアを見つめながら何か納得したような表情を浮かべた少年は、ドアが横目に見える位置に立つと座席の側面にもたれた。


――ここなら寝ても、また外へ放り出されそうになることはないよな。


そう考えながらうつらうつらする少年。

しかし酔っぱらいや携帯の声がうるさくてなかなか眠れない。


――うるさいな……何か耳をふさぐものがあったらいいのに。


安眠を妨害する騒音に嫌気が刺した少年は、ポケットから手を出すと耳をふさいで再び寝ようとした。

だがその瞬間電車がトンネルにはいり、ゴーッという凄まじい音が車内に響きわたる。


「……」


――無理だな、これ。


そう悟った少年はため息をつくと耳から両手を離し、半ばふてくされた気持ちで曇った窓を見た。


温度差で白く曇った窓を指で拭いてみると、車内の電気が反射して自分の顔がうつる。

まだあどけなさの残る少年の顔立ち。

目を隠すほどの長い銀の前髪と、そこから覗く黄色く眠たげな片目。


よほど寒がりなのか青いケープを羽織り、首には真っ白なマフラーを巻いている。

パッとみるとやや小柄な中~高校生ぐらいの少年だ。


―本当はこんな姿じゃなかったんだけどな……。


首を傾げた少年は指先についた水滴をぬぐった。



少年の名前を瀧聲(タキナ)という。


いつ生まれたかなんてもう覚えていない。


彼が覚えているのは、一人のかけがえのない友人と生き別れたこと。

そして自分は人間ではなく、梟であるという事実。


ある日突然津波に襲われ、瀧聲とその友人は海へと放り出された。

息のできない水の中、どんなに助けようともがいても飛べない翼で友人を救えるわけがなかった。

最後に見たのは意識が遠のいていくなか、波にのまれて遠くへ流されてゆく友人の姿。



――何もできなかった、助けたかった。


そんな後悔と悲しみを抱きながら溺死したはずだったのに、気づいたら海辺で―しかも梟ではなく人間の姿で立っていた。


それから数百年――



未だに彼は友人に会えないまま『梟の妖怪』として街をさまよい歩いている。

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