03 うだるような暑さという名の

「………そんなに食べるんですか」

「まあ、男だし。それに部活終わりだしな」

 弁当箱いっぱいに詰められた美味しそうな料理を、端から口に放り込んでいく萩本。その横でコンビニで買ったメロンパンをちびちびと食べるひとみは、萩本のその食べっぷりに少し驚いていた。なんとなく流しっぱなしにしているラジオは、今日も今日とて気だるげなMCの声を垂れ流す。

「てか、敬語。癖なの?」

「……癖かもしれないですね」

「んじゃ、呼び捨てから始めてみる? 萩本でも慎太郎でも」

 クラスメイトに敬語使われると違和感、と萩本が言う。萩本のことを、まさか呼び捨てなんてできるわけのないひとみはゆったりと目を逸らして首を振る。それからだんまりを決め込んだひとみに、萩本がさらに提案する。

「俺も杉村とか、ひとみとかって呼ぶし。合わせるよ」

 あっさりと下の名前を呼ばれて、ひとみは驚いて肩を跳ねさせる。ひとみのほうは、苗字しか知らなかったというのに、萩本にはしっかりフルネームで把握されていた。顔覚えも記憶力もないひとみは、クラスメイトの苗字と顔が一致すれば上出来だ。下の名前まで逐一覚えていられるほど脳の余白に余裕はない。

「………敬語使わないように、頑張るので、呼び捨ては……」

「了解」

 なにに照れているのかもわからないが、思わず照れたひとみに気を悪くした様子もなく、萩本が笑う。既にできてねえけどな、と痛いところを突かれて、ひとみはすこしむくれた。

「萩本くん、意地悪なとこあり……るよね」

「そうか? あんまり言われないけどな」

 敬語になりかけて言い直すも、既に手遅れだ。にやりと意地の悪い笑みを見せながら、萩本がしらばっくれる。

 間違ってもキャンバスを汚したくないと、美術室の端で昼食をとるひとみに合わせて、萩本も膝の上に弁当を広げていた。

「杉村さんは美術部なの?」

「……うん。だから、活動日じゃないけど、先生の好意で美術室開けてもらってる」

「それでわざわざ学校来てんのか。すげえな」

 面倒じゃない? と問いたげな視線が向けられた。本人が意識したのかは分からないが、ひとみは律義に答えた。

「家だと匂いがきついし……片付けも、大変だから。学校のほうが涼しいし集中できる」

「なるほど」

 そう言って、萩本は唐揚げをひょいと口に放り込んだ。






そんな日々が、数日続いた。

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