第32話 意外な参戦者による意外な展開

 ラミラの参戦により少し余裕が出来たカリストは魔法陣の解除をするため、再び自分の血で魔法陣の上書きを始めた。

 手を動かしながらも神経は外に集中させ、アンドレとラミラが撃ち損ねたアンデッドをナイフとフォークで串刺しにして動きを封じていく。


 慌ただしく動きながらもカリストは横目でエマを確認した。


 事前に仕入れた情報だと、あと一人この魔法陣の中で死ぬと悪魔が召喚される。悪魔の外見や性質については不明だが、人間にとって厄災であり召喚された地は焦土と化す、と伝えられている。

 エマは魔法陣に体力を吸い取られ、いつ命まで吸い取られてもおかしくない状態だ。しかも周囲はアンデッドやその手足が囲んでおり、攻撃力は低いがクリスの邪魔をするぐらいなら十分できる。


 もしクリスの手元が狂えばエマも腹の子も命が危ない。


「時間がありませんね」


 カリストが考察しながら淡々と魔法陣の書き換えをしていると、真上から剣が振り下ろされた。


「まったく。静かに見学していてほしいのですが」


 紙一重で避けたカリストの前には剣を構えたベッディーノがいる。そのことにアンドレとラミラも気づいているが、二人はアンデッドが近づかないようにするだけで精一杯のため、カリストを援護する余裕はない。


「悪魔はすぐそこまで来ています。たとえ魔法陣を書き換えても召喚されます」


「なら、邪魔をしないで下さい」


「ここで四十四人目の魂を捧げないといけませんから。関係ない人には退席して頂かないと」


「こちらの要件が終わりましたら、すぐにでも退席しますよ」


「それでは遅いのです!」


 ベッディーノがカリストの首を刎ねるように剣を横に振る。カリストは咄嗟に体を低くして剣を避けた。

 その後も次々と繰り出される攻撃をカリストは大きな動きで避けていく。それでも時々、剣先がかすり血しぶきが飛ぶ。


 魔法陣の中心にいるクリスの邪魔にならないように、カリストが魔法陣の端へとベッディーノを誘導していくが、そのことによって守りに穴が出来た。

 隙をついて複数のアンデッドの手がクリスに襲いかかる。


 そのことに気がついたカリストがナイフを取り出したがベッディーノに弾かれ、そのまま体を蹴飛ばされた。


「クリス様!」


 カリストが注意を促すが集中しているクリスには届かない。アンデッドの手がクリスに飛びかかろうとしたところで、この場にはいないはずの青年の声が響いた。


『神の劫火にて滅しよ』


 クリスに襲いかかろうとしていたアンデッドの手が全て燃え、骨も残さずに消えた。その光景にカリストとベッディーノが動きを止める。


 普通の火だとアンデッドが燃えることはない。たとえ魔法の火であろうともアンデッドの形は残り、火をまとったままでも動きまわる。

 そもそもアンデッドは死者であるため、有効な攻撃魔法がない。細切れにして動きを止めるのが精一杯なのだ。


 そんなアンデッドを倒すことができる魔法が最近、治療院研究所で開発された。それが神の加護を持つ治療師しか使えない浄化魔法だ。この魔法のおかげでアンデッドの攻略が格段に楽になった。

 だが、治療師の浄化魔法でも骨も残さず燃え尽きるということはなく、必ずアンデッドの体は残る。


 ありえない事態に呆然としている二人に、先ほどの声とは違う勇ましい怒鳴り声がぶつかってきた。


「元ルーファット王国の第二王子、ベッディーノ!反逆罪にて処罰す……あ、おい!ルド!勝手に動くな!」


 鎧を着た青年二人の間を抜けてルドがクリスの元へ駆け寄る。


「師匠!お怪我はありませんか!?」


 あと一歩でクリスの視界に入る……ところでルドは見えない何かに額を弾かれた。


「クリス様の集中力が切れます。近づかないで下さい」


 カルラが射殺すような視線でルドを睨む。


「ガーゼ」


「はい」


 クリスの言葉にカルラが返事をしながら空中で手を動かした。カルラの手の動きに合わせて白い布が宙を舞い、クリスの視線の先にある血だまりを拭きとる。


 カルラが視線をクリスの手元に向けたままルドに言った。


「すべてが終わるまで、こちらには来ないで下さい」


 拒絶され落ち込むかとカルラは思ったが、ルドはしっかりと頷いた。


「わかりました!守りは任せて下さい!師匠には指一本近づけさせません!」


 思わぬ言葉にカルラは目を丸くしたがすぐに微笑んだ。


「お願いします」


 ルドが無言で背中を向ける。そこにはいつもの忠犬の姿はなく、これから狩りをする狼のような猛々しさが放たれていた。





 突然の展開にカリストは動けず、不本意だが静観してしまった。

 カリストが我に返ると、目の前で鎧を着た美青年が微笑みながら手を伸ばしていた。長い茶髪は後ろで一つにまとめ、背中に流している。

 切れ長の茶色い瞳に、高すぎない鼻。スッキリとした顔の輪郭だが、なよなよしさはなく、鎧も着なれた様子で、騎士との恋愛に憧れている女子なら間違いなく飛びつく外見である。


 だがカリストはそんな外見より、ここまでの接近に気がつかなかったことに内心で舌打ちしながら、素早くかまえた。


「警戒しないで。敵ではないから」


 美青年が小動物を相手にするように優しい声で話す。


「こんなに傷ついて、怖かっただろ?でも僕が来たからには、もう大丈夫だよ。まずは傷を治そう」


 美青年の行動にごつい体格をした青年が叫ぶ。


「ウルバヌス!おまえまで勝手に動くな!」


 刈り上げた短髪に鎧を着ていても分かる筋肉は男の子が憧れる騎士の姿だった。武骨な顔立ちに青い瞳が鋭く光り、歴戦をくぐり抜けてきた雰囲気が漂う。


 そんな青年が叫んだので、かなりの怒鳴り声だったが、美青年は聞こえていないかのように軽く流した。


『神よ、この可憐な花に癒しの慈悲を与えたまえ』


 治癒魔法でカリストの切り傷が治る。


「どなたでしょうか?」


 カリストの低い声を聞いて美青年の表情が崩れた。整った顔立ちはそのままなのだが、明らかに落胆している。


「なんだ、男かよ。久しぶりに美女ゲット!って思ったのに」


 軽い態度の美青年に対して、カリストが冷ややかな視線を向ける。


「私の性別など服を見れば分かるでしょう」


「男装かと思ったんだよ。まったく、治療して魔力損した」


 美青年が非常に残念そうな態度で立ち上がる。カリストは感情のない黒い瞳で美青年とごつい体格の青年を見た。


「で、あなた方は何者ですか?」


 鎧を着た乱入者にベッディーノも興味があるらしく黙って様子を窺(うかが)っている。


 ごつい体格の青年が気を取り直すように咳払いをした。


「失礼!我々は魔法騎士団である。私は一番隊副隊長のアウルス。こっちは一番隊隊員のウルバヌスだ。ここで悪魔召喚の儀が行われているという情報があり参上した」


「魔法騎士団!?」


 ベッディーノは顔を引きつらせたが、思い出したようにエマに視線を向けた。


「い、いや。悪魔が召喚されれば魔法騎士団の一人や二人、問題な……」


 そこでベッディーノが硬直する。クリスがエマの腹に手を入れて赤黒い塊を取り出していた。


「ラミラ!タオルと毛布を出せ!鼻と口の羊水を吸引して泣かせろ!」


「はい!」


 ラミラが持っていた筒状の棒を太ももに装着して鞄からタオルと毛布を取り出す。そのままクリスから赤黒い塊を受け取り、血を拭きとると赤ん坊が現れた。

 ラミラは鞄から取り出した細い柔らかな筒を赤ん坊の鼻の穴に入れ、中にある羊水を吸い取った。同じように口の奥にも筒を入れ羊水を吸い取ると、赤ん坊が小さく泣いた。


 クリスが二重で装着していた手袋を一枚だけ取る。そして血だらけの手袋を床に投げ捨てると、再び腹の中を探りながらラミラに指示を出した。


「すぐに治療車に連れていけ!絶対に体を冷やすな!」


「はい!」


 ラミラが赤ん坊を手際よくタオルで包み、その上から毛布を巻くと、左手に抱えた。右手には再び筒状の棒を持ち、いつでも発射できる体勢になる。


「アンドレ!ラミラを治療車まで連れていけ!」


 クリスの命令にアンドレがラミラの前にいるアンデッドを吹き飛ばして道を作る。


 思わぬ展開にベッディーノが我に返った時にはラミラが走り出していた。


「悪魔の依り代だ!絶対にこの部屋から出すな!我が命にかけて阻止するんだ!」


 ベッディーノの言葉にアンデッドが今までにない動きを見せる。今まではどこか緩慢でだらりとした動きだったのが、素早くキレがある動きになった。


 あっという間にラミラに追い付き、襲いかかってきたのだ。ラミラが慌てて筒状の棒を構えるが一呼吸遅い。

 アンデッドの手がラミラの前にある布を掴み、力任せに引っ張った。


「やめて!」


 ラミラの悲痛な叫びが響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る