第31話 メイドたちによる的確な仕事
唇を噛んだクリスはすぐに思考を切り替えて、左手に付けているブレスレットに向かって叫んだ。
「作戦変更だ!カルラ!ラミラ!開腹道具を持って、すぐに来い!アンドレはカリストと交代してアンデッドの動きを止めろ!カリストはこの魔法陣を壊せ!」
「クリス様!?」
振り返ったカリストと入れ替わるように、クリスの足元で控えていたアンドレがすり抜けてアンデッドへの攻撃を開始する。なかなか激しい動きだが、頭から被っている布が落ちる様子なく安定した攻撃をしている。
その様子を見て、この場をアンドレに任せることにしたカリストは魔法陣の前まで走っていき片膝をついた。
黙って魔法陣を解読するカリストにクリスが訊ねる。
「どれぐらいで壊せる?」
「……壊すのは得策ではありませんね。この魔法陣は壊すと即周囲にいる人間の命を吸いとります」
「それは厄介だな。他に方法はないのか?」
「……上書きして魔法の効力を解除することは出来そうです」
「それでいい。急げ」
「はい」
カリストは銀のナイフを取り出し、豪快に自身の手のひらを斬った。そのまま流れ出た血で魔法陣の上書きを始める。
そこに複数の軽い足音が近づいてきた。
「クリス様!」
メイド服を着たカルラとラミラが大きなカバンを持って部屋に入ってきた。
長いスカートの一部をまくり上げてベルトで腰に止め、動きやすい形にしている。スカートの下にはショートパンツとニーハイソックスを履き、太ももには複数の筒がついた太いベルトを装着していた。
アンデッドたちが標的をアンドレからメイドの二人に移行する。そのことに気付いたラミラが迷うことなく鞄をカルラに差し出した。
「持っていて下さい」
カルラが鞄を受けとると、ラミラは持っていた筒状の棒の先を外し、半分の長さにした。
そのままアンデッドに向け、迷うことなく引き金に指をかけると慣れた様子で引いた。パンッという軽い音がすると同時にアンデッドの頭に小さな穴が開く。
撃たれた反動でアンデッドの体が倒れかけたが、どうにか踏みとどまり濁った瞳をラミラに向けた。
「カルラ!ラミラ!こいつらに弾は効かない!アンドレ!二人をここまで連れて来い!」
アンデッドの相手をしていアンドレがカルラとラミラの前に現れる。それから二人を誘導するように、クリスがいる所までの道のりにいるアンデッドを吹き飛ばした。吹き飛ばすだけなので、体勢を立て直したアンデッドが再び攻撃をしてくるが、そこをアンドレが封じる。
カルラとラミラはアンデッドのことはアンドレに任せて、まっすぐクリスのところへ走った。
二人が側に来るとクリスは早口で言った。
「ラミラ、アンデッドを魔法陣に近づけるな!カルラは道具を並べろ!これからエマの腹を切る」
クリスの指示に二人とも目を丸くした。
「ここで、ですか!?」
「人手が足りませんし、環境が悪すぎます!」
こうして会話をしている間にもアンデッドが周囲を囲んで攻撃をしようとしている。こちらに被害が出ていないのは寸前でアンドレとカリストが防いでいるからだ。
「わかっている!だが、時間がない!腹の子が横位になっている上に、もう手が出ているのだ。腹を切る以外に子が生まれてくることはない。このままではエマも腹の子も死ぬ!」
クリスの言葉にカルラとラミラがエマを見る。体力をどんどん魔法陣に吸い取られているエマはどうにか目を開けて懇願した。
「わ、私はどうなっても……でも、子どもだけは……助け……」
その姿に苦い顔をしていたカルラとラミラが強くエマの手を握った。
「わかったわ」
「もう少しの辛抱よ」
カルラが太ももに装着しているベルトを外してラミラに投げる。
「頼むわよ!」
「任されましたわ!」
ラミラが受け取ったベルトを腰に引っ掛ける。そしてベルトから筒を一つ抜くと筒状の棒に突っ込んでアンデッドに向けて撃った。
先ほどより威力が上がっており顔の上半分が吹き飛んだがアンデッドの動きは止まらない。
「目が見えなくても関係ないようですわね」
そう言うとラミラは足に狙いを定めて撃った。足は吹き飛びアンデッドは倒れたが、そのまま這いつくばって移動している。
「これは厄介ですわね」
ラミラはアンデッドの残っている手足を正確に撃ち抜き吹き飛ばした。
カルラはカバンを床に置くと、中から棒と板を取り出した。
どう見ても鞄に入りきらない大きさだが、カルラは次々と出して棒と板を手際よく組み立てていく。そして高さがある机を二つ組み立てると、そのうちの一つの上に鞄から出した大きさが違う金属の箱を二個置いた。
「クリス様!」
透視魔法でエマの状態を診ていたクリスが顔を上げる。
「あとは私がやる。エマの準備を頼む」
「わかりました」
カルラは左手首に隠していたナイフを取り出して、エマの服を切って大きな腹が出るようにした。そして、もう一つの鞄から出した布をかけた。その布の中心には丸い穴が開いており、エマの腹の皮膚だけが見えるようになっている。
クリスは小さい方の金属の箱を開けた。箱の中から布を取り出して目から下を覆うと、布の帽子を被り髪の毛を全て中に入れた。
そこまですると、クリスは隣にあった大きい方の金属の箱の蓋を取った。しかし、それ以上はその箱に触れることはせずに再び小さい箱の前に戻った。
クリスが中から大きめのサイズの長袖の服を取り出す。服の外側には触れないように着ると、最後に手袋を二枚重ねてはめた。
そして大きな箱の前に立つと、箱の中の一番上に畳んで置いてあった布をもう一つの机の上にかけた。それから箱の中にある道具を並べ始めた。
大きな壺のような形をした物や小さな鍬(くわ)のような形をした物、厚さがほとんどない平らな板に様々な大きさのピンセットやハサミが出てくる。それらの物に共通しているのは、全てが金属でできているということだった。
着々と何かの準備を進めるクリスたちにベッディーノがイラついたように声を出す。
「諦めろ!」
魔法陣が赤く光りエマが意識を失う。切り落とされた手足が単体で動き出し、動けるアンデッドとともに迫ってくる。
それらをラミラが次々と撃って粉砕していくが、動きは止まらない。
「動けなくなるまで小さくするだけです!」
ラミラは次々と筒を装填して撃ち続け、アンドレもアンデッドが近づかないように吹き飛ばし続けた。
カルラは意識を失ったエマの手首と口元に触れてクリスに報告した。
「手首で脈は測れます。脈は約六十。自発呼吸あります」
「なら血圧は80はあるな。念のために気道を確保して、顔の周囲に酸素を集めろ」
「はい!」
カルラがエマの顔を横に向けて顎を上にあげる。その角度を維持できるように鞄から取り出した布を丸めて首の下に入れた。そして右手首に付けていた小さな筒を取ると、エマの顔に向けて発射した。
ボフンと軽い音がしただけで筒からは何も出ていないようだが、よく見るとエマの前髪がそよそよと揺れている。
「点滴が欲しいところだが、仕方がない。このまま始めるぞ」
クリスの声に応えるようにカルラが透明な液体が付いた丸い綿でエマの腹部を拭く。
そして腰に付けている袋から球体を数個取り出し、筒の中に突っ込んだ。そのまま上空に向けて数回発射すると、数個の光球が浮かんだ。
その光景にベッディーノが驚きの声を上げる。
「やはり魔法か!?この国では女と奴隷は魔法が使えないのではなかったのか!?」
「その言葉の根拠はどこにある?」
そう言いながらクリスはエマの腹の前に立つと、手袋を付けた手を腹に向けた。
「第五胸椎の神経をブロック。エマの意識がないから痛覚の確認ができない。もしかしたら痛みで体が動くかもしれないから、注意しろ」
「わかりました」
クリスが並べた器械の中から小さなナイフとピンセットを持つ。
「これから胎児摘出術を行う」
「はい!」
カルラが両手を動かし、クリスの手元に影が出来ないように光球を移動させる。クリスは迷いなくまっすぐ横に皮膚を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます