第33話 魔法騎士団隊員による迅速なアンデッド退治
ラミラの叫びと同時に竜巻が起こった。アンデッドたちが吹き飛び、剥ぎ取られた布が宙を舞う。
「おぎゃぁ……」
腕の中から聞こえた小さな泣き声にラミラが腕の中に視線を落とした。そこには毛布にくるまれた赤ん坊がいた。
「よかった……」
安堵したラミラの足元には、いつも被っている布を取られたアンドレが両手を広げて立っていた。
頭に髪はなく、ミミズがはっているかのように皮膚が隆起している。眉はなく、耳と鼻はそぎ落とされ、唇も焼けて形がない。
人とは思えないアンドレの顔立ちに全員が息を飲んだ。時が止まったかのように空気が凍る。
そこにエマの腹の中から胎盤を取り出していたクリスが怒鳴った。
「なにをしている!?早く行け!」
「は、はい!」
ラミラが走りだす。ずっと隠していた姿を見られ、ショックで動けなくなっているアンドレにクリスが叫んだ。
「アンドレ!おまえの仕事はなんだ!?」
その言葉にやるべきことを思い出したアンドレがラミラを追う。そこに吹き飛ばされたアンデッドが集まってきた。
アンドレが再びアンデッドを吹き飛ばすために振り返ると、一足早くアウルスが剣で凪ぎ払っていた。
アウルスはごつい体格なのだが動きは素早かった。行動力が上がったアンデッドにも遅れをとることなく次々と攻撃をしていく。
しかし、どんなにアンデッドを斬っても動きは止まらない。むしろ切り落とされた手足が予測不能な動きで邪魔をしてくる。
それでもアウルスに諦める様子は見られなかった。剣で斬ることを止め、刃のない部分でアンデッドを叩くようにして飛ばしていく。赤黒い血しぶきを浴びながらも青い瞳に迷いはなく、その姿は鬼気迫っている。
派手な動きのアウルスに注目が集まる中、ウルバヌスが気配を消して静かにアンデッドの中を駆け抜けた。そしてウルバヌスが茶色の瞳で合図を送ると、今までの猛攻撃が嘘だったかのようにアウルスが一瞬で撤退した。
当然アンデッドが追いかけるが、その進路をふさぐようにウルバヌスが立つ。
『神よ、この者たちに永遠の安らぎを与えたまえ!』
アンデッドたちの動きが一斉に止まる。そして全身が輝き、そのまま倒れていった。
「なっ!?まさか、アンデッドが浄化されたのか!?」
ベッディーノの顔が青くなる。
その間に赤ん坊を抱えたラミラがアンドレとともに部屋から出て行った。
「しまった!」
慌てて追いかけようとするベッディーノの前にアウルスとウルバヌスが立つ。
「ここまでだ。抵抗するなら斬る」
剣を向けられたベッディーノが横目でエマを見た。
「こうなれば強制的に魂を奪い取ってやる!」
ベッディーノが魔法陣に向けて手を掲げるが反応がない。
「何故だ!?何故、発動しない!?」
驚くベッディーノにカリストが悠然と微笑む。
「ただ斬られているだけだと思ったのですか?」
「まさか!?」
ベッディーノが魔法陣を見回すと、重要な文字が血で書き換えられていた。
カリストは大きな動きで攻撃を避けながら、ベッディーノにわざと軽く斬られ、その時に飛んだ血しぶきも利用して魔法陣の書き換えをしていたのだ。
「これで魔法陣は発動しません。エマの状態も安定していますので四十四人目のアンデッドが誕生することはないでしょう。そうなれば悪魔も召喚されません。負けを認めたらどうですか?」
「くっ……」
ベッディーノが悔しそうに俯く。ウルバヌスがベッディーノの背後に回り両腕を縄で縛った。
「元ルーファット王国の第二王子、ベッディーノ!反逆罪にて連行する!」
アウルスが大声で宣言する。一段落着いた雰囲気が漂いかけた時、魔法陣の中心から金属が床に落ちる音が響いた。
その音にルドが振り返ると、クリスが机に手をついて倒れかけた体を支えていた。床には机の上に置いてあったピンセットやハサミが落ちている。
「師匠!?」
「クリス様に触らないで下さい!」
カルラの言葉にルドが伸ばしかけた手を止める。カルラが空中で手を動かすと、傾いたクリスの体が何かに支えられて真っ直ぐになった。
「クリス様はエマのお腹を切るために、特殊な方法で綺麗にされた服を着ています。触れたら、その服が汚れてエマのお腹を塞ぐことが出来なくなります」
「ですが……」
心配するルドにクリスが軽く頭を振る。
「エマの体力を持たせるために、私の魔力を分け与えていたから少し疲労しただけだ。問題ない」
クリスが金属の板を使ってエマの腹の切っている部分を広げる。
「洗浄」
「はい」
クリスの指示にぬるま湯が入った金属の壺が宙に浮かび、エマの腹の中に注がれる。
「吸引」
「はい」
腹の中にあった水が金属の壺の中に戻る。クリスは腹の中の出血状態を確認すると金属の板を外して両手をかざした。
「子宮組織の修復」
エマの腹の中が光り、開いていた傷が閉じていく。クリスは手際よく治療を進めていくが、ルドはどこか心配そうに見守る。
その時だった。
ウルバヌスに連行されていたベッディーノが魔法陣の中に突進してきた。そのことに最初に気づいたルドが慌ててクリスの前に立ち壁となる。
「やめろっ!」
ルドが叫ぶがベッディーノは止まらない。そこに抜刀したアウルスがベッディーノの背中を斬った。ルドの目の前で倒れていくベッディーノが不敵に笑う。言い知れぬ不気味な感覚がルドの背中を走った。
「なんだ?」
ルドが警戒していると、アウルスが剣を収めながらウルバヌスを叱責した。
「なにをしている!こんなところで気を抜くなど言語道断だぞ!」
「え?は?」
ウルバヌスはアウルスの声で我に返ったように瞬きをした。そして魔方陣の中で倒れているベッディーノを見て、自分の手を見た。直前までしっかり握っていたはずの縄がない。
「え!?いつの間に?」
「寝ぼけているのか!」
混乱しているウルバヌスにアウルスが怒鳴る。そこにカリストが穏やかに声をかけた。
「ベッディーノは相手の意識を乗っ取る魔法も使えたようです。短い時間でしたが、この人の意識を乗っ取って隙を作り逃げたのでしょう」
「そのような魔法まで使えたのか!?だが、それで逃げられるとは腑抜けている!」
ウルバヌスが諦めたように潔く言った。
「処罰はあとで受けます。それより、これはどうしますか?」
アウルスはウルバヌスの視線の先で絶命しているベッディーノを睨んだ。
「このままでいい。あとで来るアンデッドの回収班に任せよう」
「はっ!」
ウルバヌスが敬礼をする。
「ルド、おまえも……ルド?」
アウルスが声をかけても返事がない。ルドは視線だけで周囲を見ながら全神経を張り巡らせて緊張していた。
「どうした?」
ルドの普通ではない様子にアウルスとウルバヌスも周囲を警戒する。
「何かが、います……」
「なにがいるんだ?どこにいる?」
「何かわからないのですが……まるでこの部屋全体が、敵軍に四方を囲まれているかのような威圧感と不気味な空気を感じます」
「確かに、空気が変わってきているな」
周囲を確認していたアウルスが絶命しているベッディーノで視線を止めた。
「威圧感の元はここからだな」
カリストが魔法陣を見回し、変わりがないか確認する。
「ベッディーノは魔法陣を書き換えても四十四人目の魂を捧げれば悪魔は召喚されると言っていました。依り代になるはずだった赤ん坊はいませんが、魂が捧げられた以上、なんらかの方法で悪魔が具現化すると考えられます。おそらくベッディーノはこの魔法陣の中で死ぬために、ワザと逃げて斬られたのだと思います。自身の魂を四十四人目として捧げるために」
アウルスが悔しそうに呟く。
「謀られたということか。私も鍛練が足りないな」
ルドはちらりと背後にいるクリスを見た。
顔面を布で覆っているため表情は見えないが、深緑の瞳には疲労の影が落ちている。このままでは治療を終えても逃げるだけの体力が残っているかも怪しい。できれば局面が動く前に安全な場所に移動してほしいのだが。
ルドはカリストに質問をした。
「師匠の治療はあとどれぐらいで終わりますか?」
「もう少しで終わると思います」
「治療を中断して、すぐにここから離れることはできませんか?」
カリストの綺麗な眉間にシワができる。
「クリス様が治療を中断すると思いますか?まあ、それはあなたもよくご存知でしょうから、それでも中断して避難した方が良いぐらいの危険が迫っているということですね?」
「はい」
「報告してきます」
カリストが早足でクリスの元へ行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます