第29話 亡国の王子による虚ろな夢
クリスがホールに到着すると、メイド服やコック服、作業着に普段着など様々な服を着た使用人たちが整列をしていた。全員の顔は険しく最低限の情報はいきわたっているようだ。
いつもなら真っ先に駆けつける黒髪の執事がいないが、クリスは気にすることなく全員の顔を見ると質問をした。
「連れ去られた時に一緒にいたのは誰だ?」
クリスの質問に左腕がない御者が右手を上げる。
「おれっす。厩で馬の世話をしていたら、野菜を持って歩いてきたんっす。調子が悪そうだったんで、手を貸して一緒に屋敷の中に入ろうとしたら、突然周囲が暗くなって体が動かなくなって……目の前で連れ去られました」
「連れ去った奴の姿は見たのか?」
「はい。とっさに結界を発動させて、意識だけはどうにか確保していたんで」
御者の報告にクリスが深緑の瞳を少し大きくした。
「意識を失いそうになったのか?おまえが?」
「はい。周囲が暗くなった時に、そのまま意識が飛びそうになったっす。普通の人なら一瞬のことすぎて意識が飛んだことにも気づかないと思うっすけど」
「……そういうことか。確か街で起きている誘拐事件は目撃者が誰もいないということだったが、魔法で周囲にいる人間の意識を失くしている可能性が高いな。そんな魔法を使えるヤツはそうそういるまい。街で起きている誘拐事件と同じ犯人と考えていいだろう。どんな奴だった?何人いた?」
「誘拐したヤツらは四人でしたが、全員が死体みたいだったっす。動きは人間離れしていて、あっと言う間に姿を消しました。血色が悪くて皮膚は傷だらけなのに血が一滴も流れてなかったっす。なにより、あの目。あれは死人の目っすね」
「死体で痛覚がないから屋敷の結界を無理やりこじ開けて侵入できた、ということか。動きが人間離れしているのも死体だからだな。誘拐犯は死者(アンテッド)使いか」
ラミラが悔しそうに話す。
「街で誘拐されている奴隷と同じ国の出身でしたから、屋敷の外には出ないようにしていましたのに、まさか敷地内に入ってくるとは思いませんでした……」
そこにカルラが息を切らしながら走ってきた。
「伝令です!連れ去られた場所が分かりました!」
ホールに緊張が走る。
クリスは全員に指示を出した。
「これから私は奪還に向かう。アンドレとカルラとラミラとは共に来い。マノロは治療車を出せ。治療車の中は暑いぐらいに温めておけ。あと、点滴と吸引器と洗浄用に温水を大量に乗せるのを忘れるな。モリスとファニーは念のため子どもたちを地下シェルターに避難させておけ。イネスとレアは治療部屋を暑いぐらいに温めて、緊急用の治療道具一式を準備しろ。他の者は屋敷の防護にまわれ。私が不在の間はネズミ一匹の侵入も許すな」
『はい!』
ホールに集まっていた人々が散っていく。その中心をクリスは早足で駆け抜けて行った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
石造りのどこにでもある屋敷の一室。普通より広く造られた部屋の中央には苦痛で顔を歪める女性が台の上に横たわっていた。
規則的に襲ってくる腹痛に耐えながら女性が周囲に視線を巡らす。そこには自分と同じ栗色の髪と碧い瞳をした人々がいた。全員、顔色が悪く、虚ろな目で呆然と前を見ている。
その顔に女性は見覚えがあった。かつて故郷の城で共に働いていた者たちだ。だが、誰一人として女性を気にする様子はない。
女性はその中に懐かしい顔を見つけた。茶色の髪はバラバラに短く切られているが、アーモンド形の大きな碧い瞳、形の良い鼻、丸く整った顔の輪郭は人形のようで見間違えようがない。
城務めに入った頃、初めてのことで不安が大きく心細かったが、彼女とは年も近くすぐに仲良くなった。お互いに励まし合いながら、城務めをしていた。この国に突然侵略されるまでは。
「ルーチェ!」
女性が声をかけるが反応はない。もう一度呼びかけようとしたところで、青年が近づいてきた。茶色の髪で顔を隠しているが、元の人相が分からないほど顔の皮膚が焼けただれている。
青年は女性の前まで来ると足を止めて見下ろしてきた。女性が震えそうになる手に力を入れて訊ねる。
「私を、どうするつもりですか?」
「我が祖国の復活のため、その身を捧げてもらう」
女性は青年の声を聞いて碧い瞳を大きくした。
「その声は……ベッディーノ王子!?」
青年は無言のままだが、女性は感極まった様子で言葉を続けた。
「敵軍が城に侵攻した時に密かに脱出されたとお聞きしておりましたが……ご無事で何よりです」
嬉しそうな女性とは反対に、青年が唇の端を噛む。
「無事なものか。一族は皆殺しにされ、国を焼かれ、城にいた者は奴隷として連れていかれ……私はこの有様だ」
青年の心情を察した女性は顔から笑みを消して訊ねた。
「……これから、なにをなされるつもりですか?」
「国を再興する」
「どうやって……」
女性が言葉を切って腹を押さえた。少しずつ痛みが強くなっており、会話をするのも難しくなってきている。
だが、青年はそんな女性の様子を気にすることなく話を続けた。
「この国に汚泥を舐めさせられ、屈辱に満ちた日々を送っていたのだろう。私が国を再興すると言ったら、皆喜んで身を捧げてくれた。そう、皆進んで……」
そう言いながら青年の瞳から一筋の涙がこぼれる。
「私に力がなかったばかりに辛い想いを……だからこそ、私はやらなくてはならない。進んで身を捧げてくれた皆の期待に応えるためにも」
「ですが……」
痛みで体を丸くする女性に青年が声をかける。
「準備は整った。そなたで最後だ。間に合ってよかった」
「私で……?間に合って?」
女性は女中頭から城務めの心得とともに口頭でしか伝えられない秘伝を聞いた時のことを思い出した。
もし王国が滅びるような事態になり王が秘術を施行することになった場合は、城仕えをしている者は率先してその身を捧げること。そして、腹に子を宿している者は……
「……王子?まさか!?」
女性の顔が蒼白になる。
「王子!お考え直しを!この子には、なんの罪もありません!私の身は捧げます!ですが、この子だけは!」
「祖国のためだ」
「王子!どうか、ご慈悲を!」
女性の叫びを無視して青年がゆっくりとその場を離れる。よく見ると、床には女性を中心に赤土色の線で幾何学模様が描かれており、禍々しい雰囲気を放っていた。
「王子!」
女性が台から降りようとしたが、周りにいる人々が押さえつける。その中には親しかった女性もいた。
「ルーチェ、離して!」
青年が女性を見ることなく命じる。
「せめてもの情けだ。眠らせろ」
「王じ……ルーチェ!やめ……」
女性の口が布で塞がれる。独特の臭いを感じると同時に意識が遠のいていった。
「おう、じ……」
布の下でどうにか声を出したが、ほとんど聞き取れないほどか細かった。必死に開けていた瞼が重くなっていった。
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