第25話 師匠による常識外れな魔法説明

 ルドが案内されたのは屋敷の中でも奥にある部屋だった。

 その部屋は本棚が整然と並んでおり、全てが本で埋まっている。そこにある本の種類は様々で、絵本から字の読み方の本、薬草の本や戦術の本まであった。


 その部屋の一角にはテーブルとソファーがあり、ルドはそこで待つように言われた。


 マントを脱いだルドは腰を下ろしながら、さり気なく窓とドアの位置を確認した。攻撃されるなら、どのように攻撃されるか。その場合の逃走経路はどうするか。

 一瞬で十数通りのパターンを考えたルドは、気を緩めることなくソファーに腰かけた。程よい硬さのソファーは座り心地が良く、実用性に富んだ質の良さを感じる。


「失礼いたします」


 紅茶セットを持ったメイドのカルラが入ってきた。そのまま紅茶セットをテーブルに置くと深々と頭を下げた。


「バドの町では不躾なことを言いまして、失礼いたしました」


 カルラの言葉にルドは首を傾げかけて思い出した。

 クリスが治療師の役割としてバドの町の治療院での治療を終えた時、自分の失言からメイド二人に丁寧かつ遠回しに弟子失格と言われまくったのだ。


 ルドは慌てて手を横に振った。


「いえ、あれは事実ですし、悪いのは自分なので……」


 謝ろうとしたルドをカルラが止める。


「では、この話はこれで終わりにしましょう」


 そう言ってカルラが丁寧な仕草で紅茶をカップに注ぐ。その色は透き通っておらず、アーモンドのような色だった。


「これは紅茶ではないのですか?」


「ミルクティーです。紅茶に牛乳を混ぜております」


「そうなんですか。ここでは珍しい紅茶が飲めるので楽しみになりますね」


 言葉ではそう言いながらもルドに表情はない。どこか固い雰囲気のルドにカルラが微笑む。


「そんなに警戒されなくても大丈夫ですよ。あなたがクリス様の敵にならない限り」


「自分は敵になるつもりはないのですが、何故か警戒をされているのです」


「クリス様のことになると、みんな過保護になりますから。頑張って下さい」


「何をどう頑張ればよいのか……」


 ルドは呟きながら紅茶を飲んで目を開いた。


「これは、また違った味になりますね。しかも甘いのに飲んだ後はスッキリしている……」


「しっかり糖分を補充して下さい。これから必要になりますから」


 カルラが数種類のお菓子をのせた皿をテーブルの上に置く。


「糖分とは何ですか?」


「甘いもののことです。頭を働かせるために、手っ取り早く取れる栄養が糖分だそうです。これからクリス様の授業が始まるのでしょう?」


「授業……そうだった」


 執事や御者の態度で忘れていたが、そもそもここには治療魔法を習いにここに来たのだ。

 そのことを思い出したルドは全身を触ったあと、慌ててカルラに訴えた。


「紙とペンを貸してもらえませんか!?師匠が直々に教えて下さるのに記録するものを持ってきてないんです!」


「あら、それは大変ですね。すぐに紙とペンをお持ちいたします」


 そう言うとカルラは部屋の奥へと姿を消した。そこに詰襟の黒服から私服に着替えたクリスが現れる。


 立て襟で首元が隠れた白いシャツの上に黒い薄手の上着を羽織っている。下は黒のストレートパンツを履いており、治療院研究所の服とあまり変わらない印象だ。


 そんなクリスはルドの前に並んだ紅茶とクッキーを見て目を細めた。


「ほう?優雅にティータイムとは随分と余裕だな」


「いえ、その、これは……」


 あたふたとするルドの前にクリスが本棚の一角を指さす。


「最低でも、あそこにある本の内容を全て覚えろ。本はいつでも読みに来たらいい。あと他の本棚にある本で気になるものがあったら好きに読め」


 そう説明しながらクリスは二枚のカードを出した。


「もし本を持って帰りたかったら、この二枚のカードそれぞれに本の題名を書いて、一枚は屋敷の者に渡して、一枚は本と一緒に持っていろ。それで、本を返す時にこのカードを屋敷の者に見せろ。そうしたら当番の者が本と交換でカードにサインをして返す。ただし本は一週間以内に返せよ。一週間過ぎても返さなかったら罰として、この部屋の掃除と本の陰干しをしてもらう。あと持って帰っていいのは一回につき三冊までだ」


「……結構、細かい決まりがあるんですね」


 個人が所有しているには多い本の量と、完成された貸し出し制度にルドが唖然とする。だがクリスは気にすることなく言った。


「この屋敷に住む者は自由に読んでいるが、たまに返却するのを忘れるヤツがいるんだ。本は貴重だからな。なくされても困るから、こうしている」


「この仕組みも師匠が考えたのですか?それとも、これも他国で学んだのですか?」


 琥珀の瞳を輝かせて聞いてくるルドからクリスが顔を逸らす。


「そんなところだ。あと魔法だが……」


 クリスが言いかけて本棚へと向かう。そして一冊の分厚い本を持ってきた。本の間からは細長い赤い紙が出ている。


「覚えないといけない魔法にこの赤い紙をつけている。この紙は取るなよ」


「目印なんですね」


「そうだ」


 クリスがルドの前に分厚い本を広げる。


「まずは透視魔法を覚えろ。透視については……カルラ、あれを持ってこい」


 二人の様子を本棚の影から覗き見していたカルラが大きめの鞄を持って出てきた。顔は何故か満面の笑みである。


「はい、どうぞ」


 カルラが鞄から両手大ぐらいの木箱を取り出してクリスの前に置いた。そしてルドには紙とペンを渡した。


 クリスが木箱を指差して説明を始める。


「この箱の中には違う柄が書かれた十の箱と中心に小さなボールが入っている。自由に透視魔法で見れるようになれ」


「箱の中に箱とか、どういうことですか?小さい箱が十個入っているのですか?」


「実際に見たほうが早いか」


 クリスが木箱の蓋を取る。すると中には花の絵が彫られた少し小さな木箱があった。クリスが木箱の中から花の絵が彫られた木箱を取り出して蓋を開ける。すると、次は三角形の図が彫られた少し小さな木箱が現れた。クリスがその木箱を出して蓋を開けると、今度は水玉模様が彫られた少し小さな木箱があった。


「このように箱の中に箱が入っている。この箱が全て入っている状態で、私が言う絵が彫られた箱を透視魔法ですぐ見れるようになれ」


「そういうことですか。人の体の中の見たい場所をすぐに見られるようになるための練習ですね」


「そうだ。人体は複雑だ。見たいと思う場所がすぐに見れなければいけない。あと拡大魔法も使えるようになれ」


「拡大魔法?」


 聞きなれない魔法名にルドが首を傾げる。


「小さなものを拡大して見る魔法だ」


「それは見たい物を大きくする魔法ですか?」


「いや、見たい物の大きさは変えない。これも説明するより見たほうが早いな」


 クリスが鞄から一枚の紙を取り出してルドに渡した。


「この紙に何が書いてあるか読めるか?」


「……黒い点にしか見えないです」


「なら、これでどうだ?」


 クリスが半円形のガラスを紙の上に置く。すると黒い点が大きく浮かび上がり黒い字であることが分かった。


「読めます。そうか。このルーペと同じことを魔法でするのですね」


「そういうことだ。だが、どうしてルーペを使うと小さな物が大きく見えるか知っているか?」


「そういえば……考えずに使っていました」


「簡単に説明する。物を見るには光が重要だ。光がない暗闇では物は見れないだろ?光が真っ直ぐ物に当たるから、私たちは見ることができるし、正確に物の大きさを把握することが出来る。だが、このガラスのように物に当てる光を屈曲させたら、その物は実際より大きくみえたり、小さく見えたりする」


「そうなんですね」


「透視魔法では光の代わりに魔力を当てて中を見る。魔力を屈曲すれば拡大して見ることも可能だ」


 クリスはあっさりと言ったが、ルドは目を大きくして愕然とした。


 魔力とは魔法を使うために必要なもの、という認識はあり存在は知られている。だが、魔力自体がどのようなもので、どう魔法に作用しているのか、そもそも魔力とは何なのか。解明されていないことのほうが多いのだ。

 そんな魔力を物体に当てて、しかも曲げるなど、どうすればそのようなことを発想することが出来るのか。


 ルドは緊張と驚きの連続から思わず意識を飛ばしかけていた。

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