第22話 子爵による誤算だらけな昼食会
信じられない言葉にルドは間抜けな声を出したが、顔はどうにか無表情を維持した。そして、そのまま興味がなさそうに食事を続けた。ここで表情を出しては相手に付け込まれる。
ルドの反応がいまいちのように感じたオンディビエラ子爵は話を続けた。
「もしクリス様に神の加護がないことが治療院に知られたら、どうなると思う?治療師の資格剥奪に、神の加護がないのに治療をしたことによる偽証罪。他にも罪状が出るだろうな」
どこか嬉しそうに話すオンディビエラ子爵を殴りたい気持ちを押さえながらルドは訊ねた。
「だがクリス様は実際に治療をされています。神の加護がなければ、できないのではないのですか?」
「そう。神の加護がないのに何故、治療ができるのか……」
オンディビエラ子爵がもったいぶるようにわざと言葉を止める。ルドは黙って続きを待った。
「それは悪魔の力を借りているからだ」
「ブッ……!」
吹き出しそうになった口をルドが押さえる。
「どこからそんな発想が出てくるんですか?治療師は定期的に身辺を調査されます。悪魔なんて怪しい存在の力を使っていたら、すぐに発覚します。そもそも悪魔を呼び出すなんて、一個人で出来ることではありません」
「確かに悪魔は言い過ぎたが、クリス様が神以外の力を使っていることに間違いはない」
オンディビエラ子爵が強く言い切ったため、ルドは呆れ半分、諦め半分で訊ねた。
「それで私をここに呼んだ理由は?」
ようやく本題に入れたオンディビエラ子爵が椅子にふんぞり返る。
「君からクリス様に私の娘の治療をするように頼んでくれんか?治療さえしてくれれば、このことは私と君だけの秘密としよう」
何が秘密としようだ!
ルドは心の中で悪態をついた。こういう人間は一度脅しが通ると何度でも同じことで脅してくる。バカの一つ覚えか、と言いたくなるが実際にそうなのだからしょうがない。
神の加護がないのか、あるのか、はひとまず置いといて、まずはこの馬鹿をどうにかしなければ。
そう考えながらルドはオンディビエラ子爵に言った。
「メイドを見つけないのですか?私が頼んでも師匠が受け入れてくれるとは限りません。それよりメイドを見つけたほうが確実に治療をしてもらえますよ」
ルドの提案をオンディビエラ子爵は鼻で笑った。
「この広い街でメイドを見つけられるわけないだろ」
クリス様は見つけて治療しましたけど。と、いう言葉をルドが飲み込む。
オンディビエラ子爵は腹立たし気に続きを話した。
「あれは娘の治療をしないための言い訳だ。どの治療師も治せなかった傷を神の加護がないのに治せるわけがない」
予想外の言葉にルドが首を傾げる。
「そう思っているのに、なぜ師匠に治療を頼むのですか?」
「クリス様は傷を治せると言った。だが、実際は治せなかった。と、なると責任をとってもらわなければならない」
「責任をとる?」
「ああ。責任をとって娘と結婚してもらう」
「ケッコン!?」
オンディビエラ子爵の言葉にルドは再び吹き出しそうになった。どうすれば、そこまで話を飛躍させることができるのか。
驚きを通り越して唖然をしているルドにオンディビエラ子爵が持論を語る。
「年頃の娘の顔に傷があるのだよ?娘はそのことを気にして、ずっと自室に引きこもっている。それを治せると言って喜ばせといて、実は治せませんでした、となると娘はどうなることか……幸い、娘はクリス様のことを気に入っている。クリス様が嫁にすると言えば娘は喜ぶだろう」
あまりの展開にルドの開いた口が塞がらない。どう対応するか考えていると、ノックの音が響いてドアが開いた。
「本日のお食事はいかがでしょうか?」
白髪混じりの灰色の髪をオールバックにまとめ、シワのない清潔感に包まれた服をきた初老の男性が部屋に入ってきた。青い瞳は柔らかく、目元のシワも男性を穏やかに魅せている。
その姿を見るやいなや、オンディビエラ子爵は慌てて椅子から立ち上がった。そして満面の笑みで両手を広げながら初老の男性を迎えた。
「やあ、オーナー自ら挨拶に来られるとは。いつもと変わらず美味し……」
オーナーはにこやかに話すオンディビエラ子爵を無視して通り抜け、ルドの前で頭を下げた。
「お久しぶりでございます」
そんなオーナーにルドは椅子に座ったまま笑顔で答えた。
「お久しぶりです。今日はお忍びなので家の者には内密にお願いします」
「そうでしたか。前もって連絡をいただけていましたら、いつもの料理をご用意しておりましたのに」
「いえ。たまには違う料理もいいですよ。ただ、ソースの味が少し物足りないような感じがしましたね」
「いつもの料理に使うソースにはあんこうの肝を入れておりますが、本日は切らしておりまして……他の物で代用いたしましたが、あんこうの肝には劣りますので、物足りないように感じたのだと思います」
海産物を使った料理もあるが、ここは内陸のため痛みやすい内臓は破棄されてから運ばれてくる。そんな痛みやすい食材を特別に準備して、隠し味に使う。
しかも、あんこうの肝は名高い高級食材であるため、そう簡単に仕入れられるものでもない。それを毎回使用し、しかも定番の料理があるほどの常連でもある。
オンディビエラ子爵はルドと自分との扱われ方の差になんとなく気づき始めていた。
ルドは横目でオンディビエラ子爵を見た後、視線をオーナーに戻してにこやかに言った。
「そうでしたか。今日は突然、呼び出されたので連絡ができなかったのです。次からは連絡してから来ます」
「はい、お待ちしております」
オンディビエラ子爵はルドがオーナーと慣れた様子で話す姿を見ながら嫌な汗をかき始めていた。
自分でもあのように親しげに声をかけられたことはない。それこそ特別な地位の者でなければ、オーナーに顔を覚えてもらうことさえできない。
そこまで考えたところでオンディビエラ子爵の背筋が寒くなった。この若造はもしかしたら自分より爵位が上なのかもしれない。
嫌な予感がよぎったところで、オーナーが始めてオンデイビエラ子爵に顔を向けた。
「それにしても、この方を突然呼び出すとは無礼な……」
オーナーからの視線が非難めいたものに変わる。急に居心地が悪くなったオンディビエラ子爵は慌てて立ち上がった。
「で、では、そういうことだ!考えておいてくれ!」
早々に立ち去ろうとするオンディビエラ子爵にルドの低い声が絡み付く。
「お待ち下さい、オンディビエラ子爵」
その声にオンディビエラ子爵は立ち止まり、油が切れたぜんまい仕掛けの人形のように振り返る。すると、ルドがにっこりと男前の笑顔をしていた。
「先ほどのことについては、後日また|話し合い(・・・・)ましょう」
「そ、そうだな。失礼する!」
オンディビエラ子爵が逃げ出すように部屋から出て行った。
「まったく、面倒なことを……」
ルドが呟きながら食事を再開する。その様子にオーナーは心配そうに言った。
「なにか手伝えることがあれば、なんなりとお申し付け下さい」
「いえ、これぐらい大したことありませんから」
「あなたのお爺様には大変お世話になっております。私の力など微々たるものですが、なにかありましたら手伝させて下さい。それが、せめてもの恩返しになりますから」
「ありがとうございます」
ルドは礼を言うと鴨肉を口に入れた。
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