第14話 麗人による豪華な夕食

 絢爛豪華に飾られた広い部屋の真ん中に豪勢な食事が並んだテーブルがあった。壁にはメイドや護衛騎士が控え、緊張感さえ漂っている。


 そんな常人なら萎縮する雰囲気の中、二人の人間が食事をしていた。

 一人は二十歳半ばぐらいの端麗で繊細な外見をした青年。もう一人は青年の三倍は年を重ねた老人だった。


 青年は長い白金の髪を後ろで一つに編み込み、長いまつ毛におおわれた瞳は紫水晶のように輝いていた。

 長い手足を包んでいる服は上質な絹で作られ、こまやかな刺繍が施されている。体型に合わせて作られた簡素な形をした服だが、高価な代物であることは一目でわかる。それを青年はごく当たり前のように着こなしていた。


 完璧な美しさをまとった青年が洗礼された動きで食事をしている反対側では、将軍位の軍服を着た老人がゆっくりと食事をしていた。


 笑顔を忘れたような厳つい顔には深いシワが刻まれており、歴戦の戦士であることを伺わせる。

 髪はほとんど白髪となっているが、ところどころから赤茶色の毛が顔を出している。茶色の瞳は衰えを感じさせず鷹のように鋭い。


 食事の席に同席するだけでも勇気が必要な雰囲気の老人に青年が気軽に声をかけた。


「マルティ将軍、腰は大丈夫なのか?」


 偉そうな言い方だが老人は気にすることなく平穏に答えた。


「先日受けた治療で、まったく痛みがなくなりました」


「ほう?前は少しすると痛みが出てきていたが、今回はそれがないのか?」


「はい」


「軍付きの治療師でもそこまで良くならなかったのにな」


「所用で街を歩いていたところ痛みが出まして。近くにあった治療院に入ったところ、たまたまそこにいた治療師に治療してもらいました」


「ほう?なかなか腕の良い治療師が治したようだな。誰だ?」


「隠緑の治療師です」


 簡潔な言葉だったが青年は納得したように頷いた。


「あぁ、彼(・)か。さすが最年少で最高位の証である白のストラを授与されただけのことはある。確か、今は貴殿の孫が世話になっているらしいな」


「さすが殿下。耳がお早い」


 老人が言葉では褒めながらも、知っていて当然のような言い方をする。


「なかなか面白い者に預けたな」


「あの者であれば攻撃魔法が得意な愚孫でも治療魔法が使えるようになると思いまして」


「あれは、いろいろと前代未聞の治療師だからな。なかなかに興味深いぞ」


 青年の言葉に老人の顔が曇る。


「殿下といえど、下手に手を出してはなりませぬぞ。あの一族の者ですからな」


「わかっておる。そういえばルドは隠緑の治療師があの一族であることは知っているのか?」


「いや、知らんでしょうな」


「そうか、そうか」


 そう言いながら青年が面白そうに微笑む。


「殿下」


 老人が念押しをするが、青年はますます楽しそうに笑う。老人は声を一段低くして忠告した。


「身を……いや国を滅ぼしたくなければ、あの者に余計なことをしてはなりませぬぞ。あとルドで遊ばぬように」


「さて、それはどうかの」


 老人はようやく腰痛が治ったが、次は胃痛に悩まされる予感がした。しかし、こうして世間話をするためだけに呼び出されたとは考えにくい。

 軽く咳払いをすると、老人は本題を切り出した。


「して殿下、そのような話をするために私を夕食に招いたのですか?」


「いや、いや。そうではない。巷で噂になっている奴隷誘拐事件について気になることがあってな」


「目撃者がいるのに誰も犯人の顔を覚えていない事件ですな」


「あぁ。誘拐された奴隷が四十を超えたのだが、いまだに犯人は捕まっていない」


「なかなかの数ですな」


 そう言いながら老人は驚くことなく食事を進める。


「そうだ。これだけの数なのだが誘拐された奴隷がこの街から出た形跡もないし、死体となって発見もされていない。それと誘拐された奴隷に共通点があることが分かった」


「ほう?それは、どのような?」


「少し前に兄上が占領した西にある小さな国から連れて来た奴隷だ。この国の奴隷は全員同じ髪と目の色をしているのが特徴だ」


「あぁ。そのうえ見た目が良いから高値で売買できると商人には人気の奴隷ですな」


「そうだ。だから最初は奴隷の裏取引が目的の誘拐だろうと探ったのだが、どうも違うようなのだ。どの闇ルートにも商品として流れていない」


「つまり金銭が目的の誘拐ではない、と」


「だから私の耳にまで入ったのだがな。どうやら死者使いが関わっているようだ」


「死者使い?それはまた面倒ですな」


「占領した国の王族は死者使いの末裔らしくてな。まあ、死者(アンテッド)だけなら、この街にいる治療師と騎士団で解決できるのだが、そうはいかない事態になりそうなのだ」


「と、いうのは?」


「その王族は悪魔使いでもあるらしい」


 それまで平然と食事をしていた老人の手が止まる。


「悪魔使い?迷信の類いではなく、本物の悪魔使いですか?」


「ほぼ間違いない」


 最初は疑っていた老人も静かに頷く青年を見てため息を吐いた。


「まさか実在するとは……」


「私も半信半疑だったのだがな。どうやら、その王族にしか使えない魔法らしい。ある条件をそろえたら悪魔を使役できるようになるそうだ」


「王族は全て殺しているのではないのですか?」


 老人の物騒な言葉にも青年は慣れた様子で答えた。


「殺した者が影武者であったり、取り逃していたりする可能性もある」


「……悪魔を使役できる条件とは?」


「その国の奴隷を四十四人、死者(アンテッド)にして悪魔に捧げるそうだ」


「誘拐された奴隷は四十……いや、把握していないだけで四十四になっているかもしれませんな」


「悪魔が相手となると普通の騎士団では歯が立たん」


「だが、戦でもないのに王都にいる魔法騎士団を動かしては騒ぎになりますな。わかりました。秘密裏に魔法騎士団の中でも腕が立つ者を数人、こちらに来させましょう」


「話が早くて助かる」


「それより早く隠居させて頂きたいのですがな」


「そなたが隠居している姿など想像できん」


「少しは老体を労わって下され」


 老人の訴えに青年が豪勢な食事を手で示す。


「労わっているだろう。しっかり食べて体力をつけてくれ」


「まったく。年をとると脂っこい食事は胃にくると何度も申し上げておるはずなのですが」


 そう言った老人の前には油をしっかり使った料理や脂たっぷりの肉料理が並んでいた。

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