第13話 治療師による姑息的な治療
ラミラが案内したのは、町の中心部から歩いて少しの場所にある普通の家だった。
ルドがクリスを肩から降ろすと、ラミラがドアをノックをした。
家の中から出てきたのは、やつれた中年の女性だった。始めは悲壮感に満ちた顔だったが、クリスの姿を見て期待と喜びの表情になった。
「スサンナ!クリス様がいらしたわよ!これで治るわ!さあ、お入り下さい!」
通された部屋には二十才ぐらいの若い女性が苦痛の表情でベッドに寝ていた。頬がこけて、出迎えた中年の女性よりやつれている。
クリスは用紙に目を通して難しい顔をした。
「半年前に足に痛みが出て治療師に治療してもらったが、他の部分も痛みが出てくるようになった……か」
「はい。治療をしてもらった時はいいのですが、少しするとまた痛みが出てきて……今は全身が痛くて夜も眠れないのです」
「……そうか」
クリスが若い女性の頭に手をかざす。そのまま顔、胸、お腹、足とゆっくり手を動かしていった。
難しい顔をしていたクリスの表情が険しくなる。その顔を見て若い女性がか細い声を出した。
「クリス様、私は治りますか?」
助けを求めているが、その瞳にはどこか諦めも見える。クリスは若い女性の目を見てハッキリと言った。
「悪いが私には治せない」
クリスの言葉に中年の女性がすがりつく。
「そんな!クリス様!見捨てないで下さい!」
「落ち着いて下さい」
ラミラが中年の女性をクリスから離れさせようとしたが、その手を弾かれた。
「触らないで!奴隷が!」
そう叫ぶと中年の女性はその場に崩れ落ちた。
そのことに動じることなく、クリスは若い女性に淡々と説明を始めた。
「体の中のいたるところにコブのようなものができている。それが神経を圧迫して痛みの原因になっているのだが、そのコブは厄介で治療魔法では取り除けないし、切除して取り除いてもすぐに他の場所に出来る。とりあえず痛みだけは取ることが出来るが、するか?」
クリスが話した内容はよく分からなかったが、痛みがなくなるという言葉に若い女性が静かに頷く。
「今より少しでも楽になるなら、お願いします」
クリスは若い女性の首に手を当てて目を閉じた。首の内側がほんのりと輝くと、若い女性が驚きの表情になった。
「え?どうして?今まで、どの治療師でも、ここまで痛みが消えることはなかったのに……」
そう言いながら若い女性がゆっくりと体を起こす。その姿を見て中年の女性がベッドに飛びついた。
「動けるの!?痛みは?大丈夫?」
「大丈夫!母さん、私動けるわ!」
若い女性が笑顔で母親に告げる。そのことに母親は涙を浮かべて娘に抱きついた。
「クリス様、ありがとうございます!最近は痛みで立つことも難しかったんです!」
喜び合う二人を前にクリスの表情が曇る。いつもズバズバと無遠慮に話すクリスが、どこか言いにくそうに声を出した。
「喜んでいるところ悪いが、言わなければならないことがある」
抱き合っていた母娘が揃ってクリスの顔を見る。クリスは二人の瞳を見たままハッキリと言った。
「これは治したわけではない。痛みを感じなくしただけだ。娘の寿命は長くて一か月。短くて今晩かもしれない」
クリスの宣告に母親の顔が凍り付く。一方の娘は察していたのか取り乱すことはなかった。
娘がクリスに質問をする。
「またあの痛みは出てきますか?」
「いや、それはない。ただ怪我をしても痛みを感じないから、怪我をしないように気を付けろ」
「それ以外は普通に生活できますか?」
「あぁ。ただ体力は弱っているから、少しずつ動いたほうがいい。無理はせず、疲れたらすぐに休め。そうすれば普通に生活はできる」
「わかりました。あの痛みから解放されただけでも嬉しいです。ありがとうございます」
素直に頭を下げる娘に対して、母親は否定するように激しく頭を左右に振ってクリスに訴えた。
「諦めないで下さい!なんでもしますから!どうか!どうか娘を助けて下さい!」
「無理だ」
キッパリと断られて母親が泣き崩れる。そこに娘が寄り添った。
「残り時間がわかっているんだ。出来る範囲でやりたいことをやっておけ。そのために痛みを取ったのだからな」
クリスは母娘に背を向けて言った。
「食べたかった母親の料理もあるだろ?痛みがない今なら食べられるぞ」
その言葉に母親の泣き声が止まる。クリスは静かに部屋から出ていった。
「今日はこれで終わりか?」
クリスの質問にラミラが穏やかに答える。
「はい。これで終わりです」
「そうか」
厩(うまや)に向かって歩きだしたクリスを執事が止める。
「マノロが馬車を持ってきますので、ここでお待ち下さい」
「……そうか」
クリスが軽く息を吐いて足を止めると、ルドが声をかけてきた。
「あの……師匠」
「なんだ?」
いつもよりどこか力がない返事にルドは戸惑いながらも、はっきりと訊ねた。
「なぜ、先ほどの人の治療をしなかったのですか?」
「さっき説明しただろ。治療しても治らないからだ」
「どうして決めつけるのですか!?もしかしたら、治るかもしれないじゃないですか!」
ルドの言葉にカルラが何かを言おうとしたが執事が止める。
クリスは自嘲気味に笑いながら言った。
「半年前に私が診ていたら、治せていたかもしれない。いや、もしも、という話は止めよう。言うだけ無意味だ」
クリスが空を見上げる。
「あれは若い人がなると進行が速い。しかも私の魔法では完全に治すことは難しい。かと言って、他の治療師でも治せないだろう」
「それでも母親は治療を希望していました!」
「母親は、な。だが娘はどうだ?病気なのは娘なのだぞ」
「そ、それは……」
「娘はずっと痛みと戦っていたんだ。それこそ痛みで何度も死にたくなっただろう。それがようやく解放されたんだ。体力も精神力もギリギリまですり減っている状態で治療などしても、耐えられない可能性が高い」
クリスは軽く息を吐いた。
「それより、やりたいことをやって悔いがないようにしたほうがいいと私は判断した。それに、あの娘は自分の命が長くないことを悟っていた。諦めてもいないが、でも助からないことも理解している」
「そんな……だからって逃げるんですか!治療できないからって、見捨てて逃げるんですか!?」
ラミラが笑顔で拳を握るが、それを執事とカルラが止める。
「そうだな。治療師は完璧ではない。治せない病気もある。だからこそ、できることの中から最善だと思うことをするだけだ」
「そんな……!」
そこに左腕がない御者が操る馬車が到着した。
御者の隣には頭から布を被った小柄な人が座っている。髪から顔、体型まで布で隠しているため性別は分からない。
小柄は人は御者席から軽く飛び降りると、馬車のドアを開けて布の下からクリスに視線を送った。クリスが右手を上げて小柄な人に待機の合図をする。
クリスはまっすぐルドを見つめて言った。
「治療をする……傷ついた人、苦しんでいる人を治すということは、きれい事だけでは済まない。感謝されて当たり前だと思うな。恨まれることもあれば、憎まれることもある。そして、自分の無力さを嘆くこともある。その全てを受け入れる覚悟が必要だ。おまえには、その覚悟があるか?」
言葉を詰まらせたルドにクリスが訊ねる。
「で、言いたいことは、それで全部か?」
「……はい」
ルドが渋々頷く。するとクリスは振り返ってカルラとラミラに言った。
「私は先に馬車の中で休んでいるから、好きなだけ|話し合い(・・・・)をしろ。だが、殴るのはやめておけ」
『はい!』
メイドの二人が良い笑顔で返事をする。その姿にルドは何故か背中に悪寒が走った。
左腕がない御者が操作する馬車が地平線に沈もうとしている太陽を追いかけるように走る。その馬車の中でクリスは壁にクッションを置いて、そこに寄りかかって寝ていた。その後ろをルドが乗った馬が追いかける。
カルラは馬車の小窓から、ボロボロに落ち込んだルドの姿を見て軽く笑った。
「少し言い過ぎたかしら?」
「あら、あれぐらい当然ですわ。治療ができなくて歯がゆく苦しい想いをしているのはクリス様なのに、それをズケズケと失礼にも程があります」
普段はおっとりとして怒ることがないラミラが口をへの字にする。反対に執事は笑みを浮かべて言った。
「それにしても面白い光景でした。女性にあそこまで言われたら、うるさい!と一喝して強制的に話を終わらせる男性が多いのに、最後までちゃんと聞いていましたからね」
「本当、珍しい人よね。私たちのことを奴隷だとわかっているのに、しっかり話を聞いて自分に非があるとわかったら謝るんだから。そういえば、あの人、私の役割を見せた後、礼を言って私に頭を下げたのよ。あれには列に並んでいる人たちも驚いていたわ」
「あら、私にも頭を下げましたわよ。この国の人に頭を下げて挨拶をされたのは初めてでしたわ」
メイド二人の服の下から金の首輪が微かに見えている。
「なかなかに変わった人物のようですからね」
同意する執事の首の襟の下にも金色の首輪が微かに光る。御者の男の首と、その隣に座っている小柄な人の首にも服でほとんど隠れているが金の首輪がある。
「何者ですか?」
ラミラの質問に執事が穏やかに微笑む。
「知らなくていいことを知ると命が縮みますよ」
「相変わらず、笑顔で物騒なことを言うわね」
カルラの言葉に執事が微笑む。
「お二人に言われたくありませんね」
「それこそ、誰かさんの影響よね。まあ、あんた一人で抱え込んで済むことならいいけど、もしクリス様に危険が及ぶならすぐに教えなさいよ。私だけじゃない。屋敷にいる全員がクリス様のためなら命は惜しくないと思っているからね」
ラミラが強く頷く。
「私たちは全員、クリス様に救われました。領地にいる人を含めて、みんなクリス様を守るためなら、なんだって致します」
「滅多なことは言わないほうがいいですよ。みなさんが本気になれば噂の魔法騎士団より強いんですから」
「その筆頭指揮官がなにを言っているんだか」
馬車の中から和やかながらも、どこか不穏な空気が流れてくる。そんな状況に、左腕がない御者が隣に座る小柄な人に声をかけた。
「おまえも勝手に突っ走るなよ、アンドレ」
小柄な人は大きく頷くと掠れた声で言った。
「わかってる。しょうこは、のこさない」
「いや、わかってないだろ!いいか?カリストの許可なしに、あいつは殺すなよ」
「…………」
小柄の人からの返事はない。左腕がない御者は念を押すようにもう一度言った。
「クリス様はあいつの面倒を見ているんだ。あいつが死んだらクリス様は悲しむ。いつだったか屋敷で飼っていた犬が死んだ時、クリス様は悲しんだだろ?それと同じだ」
「……そうか」
「本当にわかってるか?」
「ばんけんは、ころさない」
「あぁ、もう、それでいい」
左腕がない御者が思わずうなだれる。それでも優秀な馬たちは暴走することなく一定の速さで走り続け、街外れにある屋敷へと帰っていった。
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