第11話 ツンデレ治療師による治療院での迅速な治療の開始

 ルドが治療院の前まで駆け足で行くと、そこで待っていた執事が一礼した。


「こちらへどうぞ」


 執事が優雅に治療院の中へと案内する。


 入り口にいる受付の男性はノートに治療をした人の情報をひたすら記入しておりルドに気付いていない。執事は気にすることなくルドを治療院の奥へと連れて行った。


 治療待ちの人でいっぱいになっている部屋を抜けて小部屋に入る。すると、そこには一つの机と二つの椅子、幅が狭いベッドが一つと金属の箱を乗せた台があった。

 椅子に座っていたクリスが束になった書類を読みながらルドに声をかける。


「おまえはただでさえ図体がでかいからな。邪魔にならないように気配を消して、そこで見ていろ」


 ルドは周囲を見て気になっていたことを訊ねた。


「はい。あの……さきほど小さい子どもが治療を受けたと思うのですが……」


「あぁ。あの子どもは頭の中で出血を起こしていたから、その血を抜き取って、圧迫されていた部分に修復魔法をかけた。隣の部屋でアンドレが様子を見ているが、もう少しすれば目覚めるだろう。目覚めたら後遺症がないか確認をして、問題なければ家に帰す」


「そうですか」


 どこかホッとした様子のルドにクリスが淡々と声をかける。


「聞きたいことは、それだけか?なら、とっとと気配を消して端へ行け」


「はい!」


 ルドは返事をすると同時に机が置いてある隣に素早く移動する。


「では、始める」


 クリスの言葉を合図に執事が小部屋のドアを開け、一番の番号が書かれたカードを持った人を入れる。

 それは右足を引きずりながら歩く若い青年だった。どことなく不安そうな青年に執事が椅子を勧める。


 クリスは用紙に記入された内容を本人に確認した。


「二日前に右足を挫(くじ)いたのか?」


「はい。それから足が腫れて、痛みが続いて……」


「見せてみろ」


「こちらへどうぞ」


 執事が青年をベッドに寝かせる。クリスは青年のズボンの裾をめくり、右足首を出した。確かに赤く腫れて、見るからに痛そうである。

 クリスは右足首を触れるか触れないかぐらいの位置に手を当てた。そして、ぐるりと足首全体に触れた後、用紙に何かを記入した。


「骨折だな。外側の骨が折れているが、幸いずれてはいない。これから骨をくっつけるがいいか?」


「お願いします」


 もう一度クリスが右足首に手を当てる。


「外果骨折部の結合および周囲靭帯の修復をする」


 クリスが宣言すると足首が内側から光る。数秒でクリスが手を引いた。


「これで終わりだ。足の腫れは明日の朝には引くだろう」


 青年が恐る恐る足を床につける。そこで痛みがないことに驚いた。


「ありがとうございます!」


「次の人が待っているんだ。早く行け」


「は、はい。すみません」


 青年が慌てて小部屋から出て行くと、間髪入れずに執事が次の人を呼ぶ。見た目は普通の若いの女性だ。


 女性が椅子に座ると同時にクリスが質問をする。


「皮膚が黒くなって治らない?」


「はい」


 女性が袖をまくりあげ、左腕の内側を見せる。

 そこには、かさぶたのように黒くなっている皮膚があった。ただ普通のかさぶたならば皮膚より盛り上がるのだが、黒い部分は周囲の皮膚より一段低くなっている。


「始めは大きなかさぶただと思ったのですが、いつまでも治らないですし、他の治療師の方に治療して頂いても治らなかったのです。呪いでしょうか?」


 呪いという言葉を口にした女性の顔は真剣そのものだ。呪術の真偽は不明だが民の間では呪いの存在は古くから信じられている。


 だがクリスは呪いのことに言及することなく、卵ぐらいの大きさの黒い部分に触れて頷いた。


「低温火傷の痕だな。一か月ぐらい前に泥酔して湯たんぽを抱えたまま寝なかったか?」


「一か月前……しました!彼に振られてやけ酒して、でも人恋しくて湯たんぽを抱えて寝ました!」


「それが原因だな。このままでも生活に支障はないだろうが、見た目がよくないな」


「そうなんです。治療魔法で治らなかったので、良くない噂をされて……」


「わかった。この黒い部分を切り取ってから治療をするがいいか?」


「え?あ、はい」


 女性はよく理解していなかったが頷いた。

 執事が金属の箱を乗せた移動式の台を女性とクリスの間に持ってくる。


「ここに手を出せ」


 女性が台の上に左腕を出すと、クリスは肘の外側を触り何かを探すように手を動かした。そして、ある一点で手を止めて女性に言った。


「これから痛みを感じなくする魔法をかける。だが触られた感覚はする。変な感じだと思うが動かず、声を出さず、静かにしていろ」


「はい」


「橈骨神経ブロック後、壊死組織切除および皮膚組織の修復を行う」


 クリスが触れている腕の内側が光る。そのままクリスが空いている手を横に出す。それだけで執事がクリスの手に布袋を渡した。


「冷たければ冷たいと言え」


「はい」


 女性が不思議そうな顔をしていると、クリスは女性の肩近くに袋を当てた。


「つ、冷たいです」


「ここは?」


 クリスが袋を黒くなった皮膚の隣に当てる。


「冷たくないです」


「ここは?」


「冷たくないです」


 指先や手首に袋を当てるが、まったく冷たくない。そのことに女性が驚いていると、クリスは袋を執事に返した。


 クリスの謎の行動に、息を殺して壁の一部となっていたルドが思わず質問をする。


「師匠、今のは?」


「冷たさを感じる感覚は、痛みを感じる感覚と似ている。冷たさを感じなければ、痛みを感じることもない。今のは、どこまで痛みを感じなくなっているか確認した」


 執事がピンセットでつまんだ丸い綿をクリスに渡す。


「消毒するぞ」


「消毒?」


 首を傾げるルドにクリスが手を止めることなく説明する。


「皮膚についた目に見えない菌を取り除いている。これから、この黒くなった皮膚を切り取って修復魔法をかけるが、菌が多くいたら修復魔法をかけても、そのあとで菌が繁殖して状態が悪くなることがある」


「目に見えない……菌?とは何ですか?」


「小さすぎて見えない生物だ。気がついていないだけで、どこにでもいる。全てが悪い菌というわけではないが、傷や怪我を悪化させる菌もいるから、そういう菌はなるべく取り除いた方がいい」


「そんなものがいるなんて、どの本にも書かれていませんでした。師匠はどこで、その知識を?」


 目を輝かせて聞いてくるルドにクリスが素っ気なく答える。


「……おまえが持っている本には書かれていなかっただけだろ」


「そうですか……あ!それと、どうして皮膚を切り取るのですか?そのまま治療をしないのですか?」


 皮膚を切り取ると聞いて不安そうな顔になった女性もクリスを見つめる。クリスは丸い綿で黒くなった皮膚と、その周囲を軽く拭きながら言った。


「この黒い皮膚は、死んだ皮膚だ。この皮膚が邪魔をして新しい皮膚ができないから、他の治療師が治療魔法をかけても治らなかった。治すためには、この皮膚を取り除いて新しい皮膚ができるようにしないといけない」


 クリスが丸い綿を足元のゴミ箱に捨てる。


「では壊死組織の切除をする」


 その言葉にルドは無意識に唾を飲み込んでいた。

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