第10話 メイドたちによる簡単な振り分け

 翌日。

 早めに朝食を終えたルドは馬にまたがりバドの町へと向かった。久しぶりに主人を乗せた馬が嬉しそうに走る。

 ルドも愛馬との時間を楽しみながら予定通りの時間にバドの町に到着した。


 初めて来た町だったが治療院がある場所はすぐにわかった。それは町の中心にある建物の前に長蛇の列が出来ていたからだ。


 ルドが馬から降りてその列の先頭に行くと、クリスの家にいたメイドが並んでいる人に声をかけていた。


 ルドか周囲を探したがクリスの姿はない。メイドにクリスがいる場所を訊ねようとしたところで、後ろから声をかけられた。


「おう、おまえがルドか」


 聞き覚えがない声に名前を呼ばれてルドが振り返る。すると、そこには自分より少し背が高く筋肉質な男がいた。

 しっかり日焼けしている肌は褐色で、荒々しい雰囲気をまとっているが左肩から先がなかった。


 男が豪快にルドの全身を見て頷いた。


「まあまあ鍛えてるみたいだが、お坊ちゃんっていうか上品な感じがあるな」


 勝手に人の印象を述べる男にルドが首を傾げる。どう見ても初対面なのだが何故自分の名前を知っていたのか、わからないのだ。


 不思議そうにしているルドの考えを察したのか、男がマントを指差した。


「マントの下から白のストラが見えたんだよ。今、白のストラを着けているのは、ルドって奴とクリス様だけだって聞いていたからさ。あ、そうそう。クリス様からの伝言だ。ラミラとカルラの仕事を見てから来いってよ」


「ラミラとカルラ?」


「ほれ、あそこにいる茶色の髪をしたおっとりメイドがラミラで、そこの赤茶の髪をしたキツそうな顔をしているメイドがカルラだ」


「わかりました。馬はどこに置いたらいいですか?」


「あぁ、オレが連れて行こう。うちの馬車の馬たちと一緒に厩(うまや)に置いておけばいい。お、こいつは賢い馬だな。きっと、うちの馬とも気が合うぞ」


 そう言って男が嬉しそうに馬の顔を撫でる。その様子にルドは表情には出さずに少しだけ驚いた。

 愛馬は警戒心が強く、慣れた人にしか触らせない。初対面の人なら、触られる前に逃げる。そんな愛馬が初対面の人間におとなしく触られているなど珍しすぎる光景なのだ。


 ルドは普段なら大事な馬を知らない人間に預けるなどしないが、この男になら任せられるような気がした。


 自分の直感を信じて、ルドが手綱を男に差し出す。


「では、お願いします」


「おう、まかせとけ」


 ルドは頭を下げると振り返ることなく走りだし、近くにいるカルラのところへ行った。


「おはようございます」


 カルラが勝気な茶色の瞳をルドに向ける。


「おはようございます。クリス様からお話しは聞いております。クリス様のフラーテルをされているのですね」


「はい。あの、なにをされているのですか?」


 ルドの質問にカルラが持っているカードを見せる。


「クリス様の治療を希望される方は大勢いらっしゃいます。ですので順番がわかるように番号を書いたカードを配っているのです」


「あぁ!それなら順番がわからなくなることもないですし、割り込んだと、もめることもないですね」


 素直に感心するルドにカルラが軽く笑う。


「このカードを配る目的はそれだけではないのですよ。まあ、見ていて下さい」


 カルラが一人一人にカードを渡しながら何かを訊ねて、その答えを紙に記入していく。その途中で座り込んでいる子連れの女性がいた。


 カルラが女性と視線を合わすようにしゃがむ。


「治療を受けたいのは、あなたですか?」


「違うわ、この子よ」


 女性の腕の中では静かに眠っている一歳ぐらいの子どもがいた。


「どうしたのですか?」


「昨日の昼に階段から落ちたの。しばらくは泣いたり吐いたりしたんだけど、それからいびきをかきながら眠って……朝になっても起きないから心配になって連れて来たの」


「いびき……」


 カルラは話を聞き終わると同時に立ち上がり大声で呼んだ。


「マノロ!大至急、来て!」


 かなりの大声だったが子どもはまったく反応しない。代わりに先ほどの筋肉質の男が見た目に反して素早く走ってきた。


「どうした?」


「この子をすぐにクリス様に診せて。あ、でも振動は与えたり頭を動かしたりしたら駄目よ。揺らさないようにしながら、早足で移動して」


「わかった」


 順番を飛ばして治療が受けられるという状況に嫉妬や嫌悪の視線が集まる。母親は周囲を気にしながら言った。


「でも順番が……」


「いいから、早くクリス様のところに行って下さい。手遅れになる前に」


「手遅れ?」


「ほら、行くぞ」


 マノロに促されて女性が渋々歩きだす。

 その姿を見ながらルドがカルラに声をかけた。


「あの、どうして順番を飛ばしたのですか?」


「私はあの子がただ眠っているだけではないように見えました。たぶん昨日、階段から落ちた時に頭を強く打って昏睡状態になっているのだと思います。治療が遅くなればなるほど命の危険がありますし、回復も遅くなります」


「それで順番を飛ばして、すぐに治療を受けられるようにしたのですね」


 感心したように頷くルドにカルラが説明をする。


「他にも並ぶのが辛いけど、代理で並べる人がいない場合は家か教会で待っていてもらうようにしています。治療をするために並んで症状がひどくなったら意味がありませんから。ただ、その場合はカードを渡した時に待っている場所を確認して、この表に記入しておきます。あと並んで待っていられる人は、そのまま待っていてもらいます」


「素晴らしい仕組みですね」


「すべてはクリス様の発案です。他の治療師の方たちは並んだ人から順番に治療していくらしいのですが、クリス様の治療を希望される人は多すぎるので、優先順位をつけさせて頂きます。そして効率的に治療ができるようにします」


「それで、こんな仕組みを考えだすとは、さすが師匠です。あ、でも、緊急で治療をしないといけないと判断ができるあなたも凄いですね。その知識はどこで?」


「クリス様より教えて頂きました」


「やはり!自分の知識を教えて役立てるとは、さすが師匠です!」


 ルドが表情には出さずに感激する。

 一方、説明を終えたカルラは時間が惜しいとばかりにルドを放置して、カードを配りに戻った。そのことに気が付いたルドが慌てて感動の世界から帰還する。


「待って下さい!」


 こうしてカルラがカードを配りながら列に並んだまま待つ人、家で待つ人、教会で待つ人、すぐに治療を受ける人、とカードを渡しながら振り分けて表に記入していく。


 それでも列は長く、ようやく半分ほどの人にカードを配ったところでカルラがルドに言った。


「私の役割はだいたい理解して頂けたと思います。次はラミラの役割を見て下さい」


「はい、わかりました。ありがとうございました」


 ルドがカルラに頭を下げる。そのことに列に並んでいる人がざわついた。奇異なものを見るような視線がルドに向けられたが、本人はまったく気にしていない。


 当のカルラも茶色の瞳を丸くしたあと、穏やかに微笑んだ。


「いいえ、どういたしまして」


「失礼します」


 ルドが駆け足で列の先頭側へ移動すると、ラミラが並んでいる人に声をかけていた。


「十日前ぐらいに農作業をしていて、鉈で切ったのですね。痛みはありますか?熱が出たりしましたか?」


 簡潔に質問をして、その回答を用紙に記入していく。ルドが静かに待っていたら、質問を終えたラミラが振り返って微笑んだ。


「ルド様ですね?クリス様より聞いております。私のことはラミラとお呼び下さい」


「あ、はい。お願いします」


 頭を下げたルドにラミラが慌てる。


「そのようなことをなさらないで下さい。あ、あの私の役割について説明しますね」


「はい」


 顔を上げたルドにラミラが持っていた用紙を見せる。


「ここでは名前を聞いて、どこが悪いのか、どのような症状があるのかを聞いて書いていきます。普通は治療を希望する人が直接治療師に話すのですが、クリス様の場合はその時間を短縮するために、あらかじめ私が聞いておきます」


「それも師匠が発案されたのですか?」


「はい、そうです」


「さすが師匠!あ、ところでカルラさんもですが、お二人とも字が書けるのですね」


 この国の識字率は高くなく、平民でも字が書けない人がほとんどである。しかも女性に学問は必要ないという考えが多いため、字を読み書きできる女性は滅多にいない。


「クリス様にお仕えしている人は全員、読み書きができます。読み書きができなければクリス様のお手伝いができませんから。では、私は役割に戻りますね」


 ラミラはおっとりとしていながらも要領は良かった。次々と話を聞いて紙に記入していく。


 大抵の人は怪我や痛みなのだが、たまに違う人もいる。この老人もその一人だった。


「どこが悪いですか?」


 ラミラの質問に痩せた老人は自分の足を見せた。


「前回、クリス様に薬を頂いて良くなっていたのだが、薬がなくなったら、また足が膨れるようになったんじゃ」


「薬を飲んでいる間は調子が良かったですか?」


「あぁ」


 老人は質問に簡潔に答えるが態度はどこか素っ気ない。


「わかりました。他に悪いところはありますか?」


「まあ、悪いところだらけだが、クリス様に治療してもらうまでもない」


「わかりました」


 ラミラが用紙に、前回と同じ薬を希望、と書き込む。そこにルドが小声で言った。


「薬って、あの薬ですか?」


 ラミラが不思議そうに首を傾げたので、ルドは言葉を続けた。


「葉っぱや木の根をすり潰した……」


「あぁ。はい、そうですよ」


「そのようなものが効くのですか?」


 魔法治療が中心のこの国では薬は効果が薄い、もしくは効果がないという認識だ。


 そのことを思い出したラミラは微笑みながら説明した。


「症状に合わせて正しく調合した薬を適した量だけ飲めば効果があります。このような小さな町では常に治療師がいるわけではないですから、薬で症状を抑えたり、体調を整えたりすることも必要になります。クリス様は東方にある、薬での治療が盛んな国で薬学というものを学んでこられたそうです」


 勉学のためとはいえ国を出て旅をするということは、治安が悪い場所も通るため命の危険がともなう。それをこの年で経験していることにルドは感銘を受けた。


「国外の知識……師匠、素晴らしすぎます!」


「クリス様曰く、治療魔法は万能ではない。だからこそ様々な知識が必要になる。だそうです」


「日々精進ということですね」


 力むルドにラミラが頷く。


「そうです。ルド様もクリス様から様々なことを学んで立派な治療師になって下さい」


 すぐに返事があると思ったが、ルドは少し躊躇ったあとで静かに頷いた。


「……はい、頑張ります」


 明らかに様子が変わったルドにラミラが声をかけようとしたところで、治療院からルドの名を呼ぶ声がした。ルドがそちらを見るとクリスの家で見た執事が治療院の入り口に立っていた。


 ラミラが説明をする。


「緊急で治療が必要な方々の治療が終わったのでしょう。クリス様のところへ行って下さい」


「わかりました。ありがとうございました」


 ルドは一礼をして治療院の入り口に駆け足で行った。

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