第9話 メイドによる適切な判定

 ルドはメイドに案内されるまま、屋敷の中へと入っていった。屋敷はどこも綺麗に清掃されていたが、装飾品は一切なく質素だった。


 廊下に敷かれた赤い絨毯の上を歩きながらルドがメイドに質問をする。


「さっきの子どもたちは師しょ……クリス様の親族の方たちですか?」


 兄弟だとしたらクリスには似ていないし、子どもたち同士も似ていない。だが雰囲気はとても親しそうで身内のような感じがしたのだ。

 メイドは口を開きかけたが、ルドの顔を見て閉じた。そして前を向くと無言のまま歩き続けた。

 微妙な雰囲気にルドがもう一度訪ねるか悩んでいると、メイドが目の前の扉を開けた。


「こちらでお待ち下さい」


 通されたのは一面ガラス張りで作られた部屋だった。

 柱を少なくして目立たない構造をしている上に、汚れ一つなく磨かれたガラスのため一瞬、外の庭に案内されたのかと思ってしまったほどだ。


 この部屋の構造だけでも驚きなのに、ルドは室内から見える庭の造りに再び驚いた。


 目の前では大理石に囲まれた池から小さな水柱が何本も上がり、太陽の光を弾いている。その中心には肩に瓶を担いだ女性の像があり、瓶からは絶えることなく水が流れ出ていた。


 周囲の木々は無造作に生えているようにみえて、お互いが重ならないよう計算されて植えられている。その上、すべての木はさり気なく剪定され、足元では色とりどりの花が咲き誇っている。そこに鮮やかな蝶が舞い、小鳥のさえずりが微かに聞こえてきた。


 綿密に計算されていながらも、それを感じさせない庭園に見惚れていると、心地よい風と花の香りが通った。よく見るとガラスの壁の一部が開いており、部屋の中にいながらも外の空気が吸える構造になっている。


「すごいな」


 実家のせいで様々な屋敷を訪問させられてきたが、ここまで手の込んだサロンはなかった。


 部屋の中心に置かれた円卓を囲む椅子に座る。そこにメイドがお菓子と紅茶を持って現れた。


「失礼します」


 メイドが手慣れた仕草で紅茶をカップに注ぐ。その匂いにルドは率直に感想を言った。


「よい茶葉ですね」


 紅茶は栽培地が限られており、茶葉を加工する職人も少ない。そのため出回る量は自然と限られ、希少性から値段はそれ相応に高価となる。

 しかも茶葉と職人によって紅茶の良し悪しの差が激しいため、良質なものは金銭を積んでも手に入れることが難しい。


 それがカップに注いだだけで、これだけ豊かな匂いをさせることが出来る紅茶ということは、超が付く高級品であろうとルドは判断した。


 メイドが勝気な目を和ませて嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます」


 ルドは池を指さして訊ねた。


「あの水柱はどうやって起こしているのですか?あのような技術は今まで見たことがありません。それに、あの像から出ている水は、どうやってあそこまで水を上げているのですか?あの像の中に秘密があるのですか?」


「申し訳ございません。私はなにぶん無知でして、その仕組みを知りません」


 メイドの返答にルドは軽く納得した。これだけの技術を簡単に人に話すことを普通はしない。むしろ秘匿にするだろう。


 ルドは池の謎に執着することなく、あっさりと話題を変えた。


「そうですか。それにしても良い屋敷ですね。中も外も手入れが行き届いている」


 ルドの賛辞にメイドが茶色の瞳を丸くした。ここに来る客人はこの屋敷を好奇な目か、蔑むような目で見ており、お世辞を言ってもそれは建前であった。


 だが、この青年は素直に本心から褒めた。それは顔を見ればわかる。青年はなるべく感情を出さないようにしているが琥珀の瞳が雄弁に語っている。


 メイドの中でルドへの印象と対応が決定した。メイドはどこからか小瓶を取り出して、ルドの前に置いた。


「こちらのジャムを紅茶に入れますと甘味と風味が増しておいしくなります」


「へえ。紅茶にジャムを入れるなんて初めて聞きました」


 メイドが紅茶にジャムを入れて混ぜる。カップの中で花びらが広がった。


「このジャムは?」


「バラの花びらから作られております」


「バラのジャム?そんなジャムがあるんですね」


 ルドがカップに口をつけると、湯気とともにバラの優雅な香りがほのかに漂った。

 そのまま紅茶を飲むと程よい甘さと紅茶の味が広がる。だが、その味はしつこくなく、余韻を残しながらも後味はスッキリしていた。


「バラの匂いは苦手だったのですが、これは問題ないですね。むしろ、このバラは好きです」


「香料に使われるバラは匂いが強くされていますからね」


 二人が和やかに談笑していると執事がサロンに入ってきた。

 執事はさりげなくルドのカップの中身を確認すると、人受けが良い笑顔で頭を下げた。


「このたびは主を送り届けて下さり、ありがとうございました」


「師しょ……クリス様は大丈夫ですか?だいぶん疲労していたようですが」


「あれぐらいなら一日休めば魔力は戻ります。あと主より伝言を預かっております」


「伝言?目が覚めたのですか?」


「はい。ただ私に伝言を任せると、すぐに眠ってしまいました。伝言の内容ですが、明日はバドの町の治療院での仕事が入っている。朝からバドの町に行くから、明日は直接そこに来い。とのことです」


「バドの町……」


 ここより北にある小さな町だ。距離があるため歩いていくには遠い。


「足がなければ事務で馬車を借りてこい、とも言われておりました」


「いえ、足はあるので行けますが……クリス様は本当に大丈夫ですか?今日、あれだけ疲弊したのに、翌日に治療院で仕事をするなんて……また倒れるのではないですか?」


「主が決められたことです。私たちは従うまで」


「ですが主が間違ったら、それを正すのも下に付く者の役目ではないのですか?」


「正したところで聞くような主ではありませんから」


「でも言わないより言ったほうが良いと思います」


「余計や進言は身を滅ぼすこともあります」


「主が傷つくのを黙って見ているぐらいなら、共に滅ぶ道を選びます」


 頑として自分の意見を譲らないルドに執事の瞳が緩む。


「あなたは面白い人ですね。どうか、その意思を忘れぬようにお願いいたします……と、私としたことが出過ぎたこと。失礼致しました」


 そう言うと執事は優雅に頭を下げた。





 その夜、クリスはベッドの上で夕食を食べていた。

 ベッドの隣に移動可能なテーブルを置き、その上には塊肉を中心とした料理が大量にあった。


 その料理をクリスはナイフとフォークを使い、慣れた様子で解体しながら食べ進んでいく。

 その様子を静かに見守っている執事は皿が空になると素早く下げて、次の料理を無言で差し出していった。


 魔力を使い果たしたためクリスは異様にお腹が空いていた。しかも明日は治療院での仕事もある。

 魔力を取り戻すため、肉を中心にいつもの数倍の量を無言で食べていた。


 ある程度、空腹が満たされてきたところで、クリスは思い出したように執事に訊ねた。


「そういえばルドが私をここまで運んだそうだな。|もてなし(・・・・)はしたのか?」


「はい。カルラがいたしました」


「ほう?で、何を出したんだ?」


 悪戯の結果を待ち望んでいるような顔をしたクリスに対して、執事が無表情のまま答える。


「バラのジャムです」


「……つまらん」


「いえ、あれはバラで正解です。下手なものを出しても耐性がついているでしょうし、余計な詮索をされるもとになります」


「だが、それならバラでなくてもいいだろ。薬を入れていないジャムなら他にもある」


「ですが、それが彼女が下した彼への評価です。実際に話してみて、私もその通りだと思いました」


「ますます、つまらないな」


 クリスが鶏肉の丸焼きを食べ終えたところで、栗色の髪をしたメイドが、パンと具たくさんのスープを乗せた台車を押しながら部屋に入ってきた。


「シェフがあとどれぐらい食べるかと言っておりますが……」


「そうだな。あとステーキ一枚ってところだ。エマ、あまり無理はするなよ。そろそろ用心したほうがいい。いつ産まれてもおかしくないからな」


 メイドは少し膨らんだお腹を優しくさすりながら答えた。


「はい。力仕事などはしておりませんし、ゆっくり動くようにしております」


「適度に動くことは必要だからな。あと一人では行動するなよ」


 クリスの言葉にメイドが垂れ気味の青い瞳を細くした。栗色の髪は綺麗なたて巻きで、こうして見ると子どもが遊ぶ人形のような可愛らしさがある。


「はい、気を付けます」


 耳にタコができるほど聞いたし、返事もしてきた。

 だが、この主は口と態度が悪いくせに人一倍心配性でもあるのだ。他人の心配より自分の心配をしてほしいが、そうすることを本人が一番許さない。


「ではステーキを持ってまいります」


 メイドが部屋から出て行く。クリスは隣で控えている執事に言った。


「街で奴隷の誘拐事件が起きているらしいな」


「はい」


 平然と答える執事にクリスが片眉を上げる。


「なぜ報告しなかった?」


「余計な心配事を増やすまでもないと判断しました。屋敷の者たちには街に行くのは必要最低限にすること、必ず二人以上で行動することを徹底させております」


「そうか。あと屋敷が出る時は見えないところに金の首輪を付けるように全員に伝達しておけ」


 奴隷には主の名前が彫られた首輪を付けることが義務づけられていた。首輪は金、銀、銅、皮、と種類があり、持ち主の爵位が一目でわかる仕組みになっている。

 だが、クリスはその制度を嫌って、普段は首輪をつけさせていなかった。


 執事が軽く頷く。


「なにかありましたら首輪を見せるように徹底させておきます。金の首輪を持つ奴隷に手を出すバカはそうそういないでしょうから」


「そんな脅しが効く相手ならいいがな」


「珍しく弱気ですね」


「私とて万能ではない。苦手な相手ぐらいいる」


「死者(アンテッド)系とは相性最悪ですからね」


「何故あんなものが存在しているのか理解できん」


「それは創造をした神に聞いて下さい」


「それこそ実在しているのか怪しい」


「だから死者(アンテッド)と相性が悪いんですよ」


「ふん」


 クリスはパンとスープを綺麗に食べ終えた。

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