帰宅途中の九、十番線

M.A.L.T.E.R

第1話

「すいませーん!」

少女が交番で警官に声をかけた。

「はいはい。なんのご用でしょうか?」

警官は夏の暑さでダラーッとしていたものの、仕事なので、その体を起こす事にした。

「この近くに大きい駅ってないですか?」

「はあ? ……まあ、あるっちゃありますけど……」

少女の質問に警官は怪訝そうにそう答えた。

「できれば、九、十番線があると嬉しいんですけど……」

「いや、そこまでは分からないですけど……ここからなら王川駅がそれなりに大きかった気がしますけど……」

「ありがとうございます!」

少女は真夏の陽炎の中に消えていったが、警官がもう一度座ろうとする前に帰ってきた。

少女は異世界の魔法少女である。避暑の為にこの世界にやって来たのだが、なにせ、初めて来た所だったのでこの辺りの地理はよくわからなかった。

なので、地図なしではとてもじゃないがたどり着けそうになかった。

「すいませーん……。王川駅ってどこですか?」

そう少女は尋ねた。

「……王川駅はここから百四十キロメートル真西に進んだ所にありますよ」

警官は分厚い地図帳で今いる交番から王川駅への道のりを指でなぞる。

「はあっ!? …………わ、わかりました……」

警官はきっと、電車とかタクシーとか使うだろうと思っていたので、少女の言動を訝しがった。

しかし、少女は警官の予想を外す行動に出た。

すなわち歩いていったのだ。十二日程かけて。太陽に焼かれながら、へとへとになって。そうなってしまった原因は金欠(元の世界のお金はこっちの世界では使えない。財布には使えない金貨がいーーーーーっぱい)である。

しかし、少女は元の世界に帰れば、腹一杯食べれるからと信じて、太陽に焼かれながら太陽の方へ歩いていった。

田舎ってつらい。


「う、うへぇ…………」

さすがに魔法少女だからなのか十二日程腹を空かせたぐらいで調子悪くはならない。その上、この子の魔法学園での得意技は「五百六十日間飲まず食わずでも死なない」である。十二日なんて四十七分の一でしかない。

しかし、それでも十二日間飲まず食わずは地獄そのものだった。

「さ、さて、この駅に九、十番線ってあるのかしら? なかったら………………どうしよう」

しかし、少女には日本語は読めても駅に来たことがないから駅の案内表示の使い方が分からない。

という訳で、手っ取り早く駅員に訊いてみることにした。

「すいませーん!」

先ほどの警官と同様、夏の暑さでやっぱり気だるげな駅員はせっかくのうたた寝を少女によって邪魔された。

でも、営業スマイルは忘れない。営業スマイルはなにもマックの店員だけの特権ではない。駅員にだって必要だ。

「あのー、この駅って九、十番線ってないですか? できれば壁があって、島式ホームだといいですね……」

島式ホームと言うのは、一つのプラットホームの両脇に線路が通るホームの事である。

「はあ……」

駅員はいきなり、駅がガラガラなので退屈していたので寝ていたのに、邪魔されて変な質問をされて苛立っていた。なので、退屈しのぎのためにもこの少女を使ってちょっと遊んでやろうかと考えた。こんな質問、どうせいたずらかなんかだろうと思って。

「いや、九、十番線は只今工事中でして……」

「ええっ、そうなんですか? どうしよう……私の魔法、九、十番線以外の所で成功したことないのに……」

その言葉で駅員は確信した。この子は中二病かなんかだろうと。

一方の少女は、真面目に家に帰る方法を探していた。

「0番線とかないですか?」

0番線には霊力か何かが溜まりやすいという話を聞いたことがあるような気がした少女はそう問うた。

「ないですね」

駅員はきっぱりそう言う。

「そうなんですか…………じ、じゃあ一、二番線は?」

「いや、ありますけど……壁が一切ないですね。柱も」

「ええーっ!」

少女はがっくり肩を落として言う。柱も壁もなくて、屋根が浮いているという駅は少女の世界にはむよくある事なのだ。

「じゃあ三、四番線は?」

「エスカレーターしかありませんね……」

「ええー……って、エスカレーターなら裏側は壁じゃないですか?」

「いや、ウチの駅は両面エスカレーターですね。たまにいるんですよ。裏側を使いたがる人が」

「ううっ」

さすがに少女は両面エスカレーターというものを見た事はなかったが、残念なのは少女が生まれてこの方、人を疑うという事を知らなかった事である。

「じ、じゃあ……五、六番線は?」

「いや、ありますけど……、ちょうど真ん中がビッチリ端から端まで壁で区切られていますね」

「そ、それって、線路と垂直ですか?」

「もちろん平行ですよ」

「ガーン……」

少女にとって線路と平行な壁はもはや壁ではない。

「……七、八番線は?」

「まあ、壁はありますけど……全部スライムゼリーですね。最近、壁にアタックして砕ける人が多いので、柔らかくしてあります」

「嘘っ……。柔らかい壁には魔法はかけられないわ。固くて……できればレンガだといいな……」

少女がそうポツリと言ったのを駅員は見逃さなかった。わざとらしく手をポンと打って言った。

「あ! ありましたよ! 線路と垂直なレンガの壁でちゃんと島式のホームが! 三十四,三十五番線がそうでした!」

「え! ほんとう!?」

「百八十二年前に」

「えぇーー、ひどいですぅ!」

少女は頬を膨らませる。そして、密かにこの駅って私よりちょっとだけ年上なのかーと思った少女だった。

そして、駅員は何も着信の無い構内電話を取り出し、受け答えをしているフリをした後に、少女にこう言った。

「今、九、十番線に入れるようになってるらしいですよ?」

「ほ、ほんと!?」

少女は今にも駆け出しそうだった。しかし、駅員はその背中を押し留めるように忠告した。

「ただ……当駅は最近のお客さまの需要に合わせて、12個あるレンガの壁をスライムゼリーと両面エスカレーターに変える工事をしておりますので、早くいかないと無くなってしまいますよ?」

「うんっ! わかった! ありがとう、駅員さん!」

少女は満面の笑みで、九、十番線への階段を下っていった。


そこで待ち構えていたのは、工事のおっちゃんだった。

「どうしたんだい? 嬢ちゃん。今日はここには電車は来ないよ?」

「いえ、電車に乗りたいわけではなくて……このホームの壁にぶつかりたいだけなんですけど……」

少女は決して壁にぶつかりたい症候群にかかっているわけではなく、純粋にそれが家路なのである。

「そうかそうか! 好きにしていいよ! でも、色々なもんがあるから気を付けてな!」

工事のおっちゃんはいつも通り、壁にアタックしたい客かと思ってそう答える。

壁への突撃権をもらえた少女は駆け出そうとする。

「ただし! そこの重機を壊したら弁償な! 逃げても時速200㎞で走る警官が追ってくるかんな!」

そういう忠告を受けて、少女は空間移動魔法の呪文を唱えてから、走り始める。

まず最初は100㎞/hで前後に高速移動している重機を避けるところから。

「はっ!」

「ほっ!」

少女はなんなく避けて、一番目の壁へ。

ガンッ!

「あー、それはレンガの形をしたコンクリートだねぇ」


今度は二番目の壁へ。

ボニュッ!

「あー、それはスライムゼリーの形をしたスライムゼリーだねぇ」


気を取り直して三番目の壁へ。

スカッ!

「あー、それは高さ10㎝のレンガの壁だねぇ」


起き上がって、四番目の壁へ。

バキッ!

「あー、それは太さ1㎝のレンガの壁だねぇ」


頭を抑えて、五番目の壁へ。

ガンッ!

「あー、それはレンガ型オリハルコンだねぇ」


全部採掘して、六番目の壁へ。

「はやくしないと他の壁のスライムゼリー化が進んじゃうよ!」

そう言うおっちゃんを尻目に少女は壁に飛び込んだ。

今度こそごく普通のレンガの壁だったらしい。

「ふぅー、やっとお家に帰れる~…………?」

そう思って、クスカの街に急ぐ列車に乗っていた少女の席の真横の窓に顔が。

「ギャアアアアア━━━━━━━━━━━━━!」

「フフフフフフフ、壁を四回壊して、大事な柱を折って、貴重なオリハルコンを盗みやがって……」

「え……、あなたが追ってくるのはあの黄色いやつを壊した時だけじゃないの?」

「フハハハハ! それはお前の勝手な妄想だァ!」

高らかに笑って窓を割って車両の中に入ってきたのは最初に行った交番の警官。

「どういうこと?」

「誰も、『重機を壊した時だけ』とは言ってないぞ? 貴様のやった事は立派な器物損壊と窃盗だァ!」

「ど、どどうして、異世界に来れるの?」

「警察だからだ。さあ、名も知らぬ少女よ! 神妙にお縄につけぇ!」

「えええええええ━━━━━━━━━━━!」

少女の叫び声も虚しく、少女は逮捕され結局家には帰れず、ご飯は取り調べのカツ丼になったとさ。

おしまい

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帰宅途中の九、十番線 M.A.L.T.E.R @20020920

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