量産型執事と最期の主人

M.A.L.T.E.R

Aルート

そのロボットは色素の薄い少女を抱いていた──


その少女のような"人間"に近づくように作られている体は、確かにその肌も長く髪型を変えていない髪の毛も遠くから見れば、人間にしか見えないだろう。


千年前。急速に子供が減り、一気に老人が増える中、ロボットは人間の片腕として色んな所で活躍していた。

だが、ある一人の夢見がちな研究者は作ってしまったのだ。


人間の隣を歩くロボットを。


姿形は完全に人間。エネルギー源も電気なんかではなく、食物。感情もあるし、失敗もする。

けれど、そのロボットたちは最初は奴隷のように働かされ続けた。働かされ続けているうちに、ロボットたちは楽をするために自分で自分たちを量産し始めた。

そして、人間が辿ったように、「働いているのだから権利を寄越せ」と言って人間の権利を踏み荒らし始めた。

両者は時には戦争をして双方に多大な被害を出したが、本当の意味での"失敗"をしないロボットたちは生き残り、愚かな人間たちは白磁のような肌と細い双肩を持った少女だけを残して消えていった。


───────────────────────


私はアルファという。1002年と12日と21時間9分と39秒前に作られたA型の初期型10人中の8番目のロボットだ。ちなみに、兄弟たちは皆スクラップにされている。


最初はトラックの運転手を延々とやらされていたが、何年かした頃、なぜか自分の黒い髪に細い目、あまり変化しない表情を気に入られて、このエスラ家にやって来た。

それまでとは違って、休日はちゃんとあって仕事中もまるで、私が本当に人間であるかのように扱ってくれた。私は初期型なので、感情も完全なものではなかったが、嬉しくて楽しかった事も覚えている。


だが、世間的にロボットの名声が日に日に増すのにも関わらず、屋敷の使用人たちはずっと人間ばかりだった。

人間は機械と違って病気になるし、寿命もある。

だから、私の主人は何度も変わった。私に廊下の掃除を教えてくれたステラさんも950年も前に死んでしまった。その時、私には涙を流す機能がなくて、その悲しみを洗い流す事が出来なかったのだ。

お屋敷の周りの街並も変わっていったが、代々のご主人様は私に修繕を指示するだけだったので、お屋敷はポツリと時代に取り残されたままだった。

世界中で人間の居場所が減っていく中、使用人たちはそんなに数を減らさなかった。けれど、時が経つにつれて、一人、二人と消えていき、ついに私一人になった。私にもお暇の相談はあったが、私は働き続けた。ここを離れる事など考えられなかったからだ。


ある日、先代のご主人様がお亡くなりになられた。そしてその時の遺書にはこんな事が書かれていた。「アルファよ。ロボットから人間の居場所を取り戻してくれ……。そして、わが娘のアリスを幸せにしてくれ……」

という文言だった。だから、私はその命に従って、ロボットを駆逐していった。反逆者の汚名を浴びせられながら。

しかし、先代のご主人様も常々おっしゃっていたように、ロボットは所詮道具であって、人間の上に立つものではないと思うのだ。

駆逐作業は順調だった。だが、行動が遅すぎた。母体となる人間がもはや二人しかおらず、天の川の伝説よろしく男女が出会う確率が絶望的だった。


しかも、政府側が人間だけに有害な物質をばらまいたせいで、マスターの寿命を奪っていった。


それは真綿で首をしめるが如く、ゆっくりと死の足音が近づいてくるのだという。そして、それに追い付かれた時には……。


私の腕の中に眠るマスターは私の腕に全体重をかけているはずなのに、全く重さを感じない。

「マスター……、どうか、その目を開けてくれませんか……?」

そう願っても、その目は開かれない。


おはよう、アルファ!


マスターは、私が起こしに行くと決まって寝たふりをしている。そして、私が揺するとばっと振り向いて向日葵のような笑顔を浮かべるのだ。


そっとマスターの体を抱き締めてみる。

「冷たいです……」

くちびるを噛みしめるたび、腕の力はだんだん強くなる。


アルファ、大好き!


真冬の太陽のように温かい笑顔を浮かべてマスターは私に抱きつく。

いつもは抱きつかれる側だったが、今度は私が抱き締める番だった。


「ううっ…………どうしてですか……どうして死んでしまうのですか……マスター……」


やっぱりすごいよ、アルファは!


学校に行けないマスターに私は勉強を教えていた。分からない所を教えてあげると決まってそう言うのだ。ロボットだから当たり前のように解けるが、そう言われる事は嬉しかった。


私の目から涙が溢れて止まらない。これまでの分を取り返すかのように流れていく。だから私はマスターの白い服を汚さないように必死にぬぐう。


ここ行ってみたいね、アルファ!



屋敷にあったアルバムの写真を指さして言った。けれど、私にはその願いは叶えられなかった。


私は、歩き始めた。マスターの体をせめてベッドに横たえるのだ。

廊下を抜けた先にある食堂にあるのは、昔は机全体を使っていた大きな食卓。今では手前の二席しか使わないから奥の席はほこりを被ってしまっている。


おいしいねアルファ!


何度も出してきた食事に毎回、宝物を見つけたような目をして言うマスター。もっとも、私には好き嫌いはないのであまり旨さとかは感じないのだが。


絨毯が敷かれた階段を登っていく。

千年前とデザインの変わらない木のドアを開ける。ピンクや白に囲まれた部屋の端にあるベッドに少女を横たえる。


おやすみ、アルファ……


マスターは眠そうな瞼をこすって、私にそう言うのだ。しかし、今はその胸は上下しないし、瞼ももとからつぶられている。


私はなんとなく布団をかけてみる。冷たい体は暖めた方がいいと聞く。それに、朝になったら目覚めるかもしれないからだ。

「おやすみなさい、マスター……」

私はそう告げて立ち去る。



私は一縷の望みをかけて、朝日に照らされるマスターに声をかけてみる。

「おはようございます……マスター……」


揺すってみるが、反応はない。昨日と全く同じ姿勢に眠っていた。


私は庭の噴水の前に立っていた。

何年も遊んだこの庭。その中心にある噴水。その白い縁に座った回数は何回だろうか?

そこに千年前からある木の枝を敷き詰め、その上にマスターの体を埋める。

「……イグニッション」

本来ロボットを殺すための炎は今、人間の少女に向けられている。


白い服が黒くなってまた白くなる。白磁の肌が紅蓮の炎に包まれていく……。

私の涙ではその炎を消す事はできない。いっそのこと、私はマスターとともに焼かれたかった。

けれど私の体は6000度まで普通に耐えてしまう。


愛する人の顔が炎になっていく。

消えていく先にあるはずの頭蓋骨は……

なかった。

「…………骨が、ない」

あの有害物質は骨をも消し去るらしい。

だから、そこにあるはずの骨ごとマスターは昇天してしまったらしかった。


わずかな灰だけを残して少女の肉体は昇天する。

私は夢中でその灰を集めて、

食べた。


どうせ、残しておいたらロボットどもに捨てられるのだ。というやけくそな気持ちからだった。



私は噴水から伸びる石畳の先に見える門の外側に目をやる。

そこには、最後の人間と反逆者を殺そうと集まってきたロボットたちがわんさかいる。

「……命令を守れない道具には、スクラップがお似合いです」

私は笑いながら、石畳を駆けていく。



アルファ、あなたも一緒に遊ぼ?



私にはもうにっこりと微笑んだマスターしか見えなかった。

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量産型執事と最期の主人 M.A.L.T.E.R @20020920

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