第48話 帰還


「……はい、そうです。殴る蹴るの暴行は日常的にありました。ええ、あの日はですね……」


 警察署に着いた俺は、調書を作成するため、取調室で二人の警官から事情聴取を受けた。

 俺は坊ちゃんが死んだときの状況も、ありのままだけを話した。

 それに加えて、あの施設であったこともほとんど話す。暴力、脅迫、リンチ……なんでもござれ。ハラスメントのスーパーマーケットの中身を。

 でもまだ半分も話せてないと思う。今日一日話しても足りないくらいだ。


「ええっ?本当なんですか?マジならとんでもないことなんですけど……」


 実際に起った客観的な真実だけを話した。しかし、俺と同じくらいの世代だろうか、新人刑事は『にわかに信じがたい』という顔をしていた。

 俺が話を続けるうち、彼はだんだんと顔色が悪くなってきて、頭を抱えるようになった。

 そして『お清め』を強制されるようになったくだりで、彼は「ハハッ、ハハハッ!」とひきつった笑いを浮かべるようになった。


「協力、ありがとね。もう家に帰っていいよ」


 年配の警官にそう言われ、取調室を出た先のロビー。そこには先に出てきていた魁斗がいた。

 施設でずっと一緒に過ごしてきた魁斗とこんなところで一緒だと、なんか妙な感じがする。


「おっ公太郎、おつかれ。どうだった?」


「ありのまま全部話した。そっちは?」


「ああ、俺も全部ぶちまけた。ついでに『園長と小暮のヤローを刑務所に入れてくれ!』って頼んできたぞ!」


 ハハハ、と笑い合う。


「さて、これからどうするよ?」


「どうもこうもない。帰ろう」


 警察署のロビーを見渡す。他の連中はもう誰もいない。 俺たちが長々と話してる間に帰ったのだろう。

 じゃあ俺たちの家にも連絡が行ってるはず。だとするとじきに迎えが来る。そう思いロビーでひたすら待っていた。

 そうして何十分か経っただろうか。さっき取り調べを担当してたおじさん警官が通りかかった。


「君たち、待ってないで勝手に帰っていいよ。大人なんだから」


「えっ?」


「え?」


 いやいや、帰っていいよ。って言われても困るんですけど?


「僕たち無理やり連れてこられたんで、お金持ってないんですよ」


「ええっ?」


 そう何を隠そう俺たちは無一文。

 警察が迎えを呼んでくれないと、帰ることすらできないのだ。


 結局、俺たちは警察のおじさんにお金を借りた。

 他の連中は、手が開いてる警官が送ったり、迎えが来たりして帰ったそうだが、俺たちは自分たちの足で帰ることにした。

 お金は公費から借りられるシステムがあるらしいが、俺たちに同情した刑事さんが自腹で出してくれた。

 「それは返さないでいいよ」と言っていたから、実質もらったことになるが、さすがにそういう訳にもいかないので、落ち着いたら返そうと思う。


 魁斗と同じバスに乗って帰る。

 なんと俺たちは、家が同じ地区で、バスの方向が一緒だった。


「もしかしたら、前にどっかで会ってるかもしれねぇぞ?思い出してみろって!」


「でも魁斗はヤンキーだろ?俺は絶対に目合わせないし」


「はは、それもそうか」


 そう他愛もないことを喋りながら、魁斗と途中のバス停で別れた。また会うことを約束して。


 独りになって急に寂しくなった帰り道で思う。

 今日、開放されることが決まってからずっと、俺は海唯羽と話せなかった。それがずっと引っかかっていた。

 チャンスはいくらでもあったのだけど、施設から出る時も、護送車の中でも、警察署に入った時も話すことができなかった。お互いに視線は合わせてたんだけど、連絡先を交換することもしなかった。


「いや、あいつはもう中古だ!あんな中古女は知らん!!……まぁ、また会えるだろ」


 俺は胸を占める虚しさをごまかすように、そう呟いた。



………………



 一人になると急に恥ずかしくなった坊主頭を抱えながらたどり着いた自宅では、連絡を聞いた母親が待っていた。


「ごめんね!ごめんね公ちゃん!お母さん、あんなところだと知らなくて!酷いことされたでしょ?」


「ああ、うん。死ぬか殺すかしようと思うくらいには酷かったね」


 玄関に上がるなり母さんは、俺を抱きとめて泣いてみせた。若干わざとらしく。


「酷いことした罪滅ぼしってわけじゃないけど、これからは公ちゃんの好きにしてていいからね…………少しならお小遣いもあげるから」


 そうして俺は、ドアがダンボールで補修された部屋に戻った。

 母さんはかなり同情的だった。だからだろうか、俺が好きにすることも認めてくれた。嬉しくないことはない。

 だけど俺は知ってる。本当に悪かった、なんて思ってないだろうってことを。

 本心では俺の報復が怖くて、恭順を示してるだけだ。


 この件で、俺はずいぶんと肝が据わったと思う。同じように目も据わってるのかもしれない。

 だから母さんはビビってる。ビビッて何も言ってこなくなっただけだ。

 あの施設で腐るほど聞かされた『この世は力が全て』というのは、ある意味では真実のようだ。

 騙されたとはいえ母さんは責められる側で、俺は母さんを責めることだってできる。しかもいつキレるともわからない。あいつらが言ったとおり、今は俺のほうが強い立場にあるのだから。



………………



『引きこもり支援施設で死亡事故』


 後日、あの施設での事がニュースになっているのを確認した。


 しかし地方新聞やネットニュースで取り上げられてるくらいで、テレビや全国紙はスルー。

 そのメディアの取り上げ方も“あくまで事件性はない”といったもの。


 ネット掲示板やSNSでは「これ絶対に虐待死だろ」と騒がれたりしてる。

 その通り、その通りなんだが、その声がいくら大きくても、現実社会にはフィードバックされない。それどころか、必要悪と見なす人間だって存在する。


 よっぽど「俺ここの入所者だけど」と名乗り出ようと思った。

 が、そうなると興味本位で、根掘り葉掘り『ここで何が起ったか』聞かれるだろう。今はそれを話したくない。思い出したくもなかった。

 

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