第47話 得たもの、失ったもの。


 それからというもの、この施設には珍しく、ずっと平穏な日常が続いた。

 暴力も怒鳴り声もなく、緩慢に時間が流れていく。


 指導員はやる気をなくしたかのように、ただ俺らを監視するだけ。

 毎日毎日、施設全体に活気がなく、三割程度のパワーで運行しているような感じ。

 気分的には、閉店間際のスーパーにいるような気だるさがあった。

 日課の勉強や農作業も投げやり。普通にお喋りしながらやることを、誰も咎めない。終始、和気あいあいの日々が続いた。


 『奴らが殴ったり怒鳴ったりしないだけで、こんなに変わるもんなのか』


 俺たちの生活は、とことん暴力に支配されていたんだと実感する。

 でも残念なことに、施錠だけは忘れない妙な記憶力の良さがあり、脱走するチャンスは無かった。

 俺たちの部屋は坊ちゃんがいなくなり、三人部屋になった。

 博巳もすっかり大人しくなっていた。

 指導員の後ろ盾が無くなった博巳は、いきなり俺たちに友好的になり、「こ、これあげるよ」と震え声で、室長に用意されるスナック菓子を渡してきた。もちろん断固拒否したが。



………………


 

「みんなに、悲しいお知らせがある」


 そんなこんなで、何も起こらない平坦な時間が一ヶ月ほど経った日のこと。

 かがやきの国は突然、閉鎖されることになった。


 やけに晴れた、日差しのまぶしい朝に集められ、小暮の口からそれを聞かされた。

 そうして俺たちは解放されることになったのだ。


「……ここで学んだことを胸に刻み、社会に貢献する人間になって欲しい」


 小暮は形式的な挨拶を投げやりに済ませ、俺たちは広間に放り出された。


「おい、聞いたか?検死が終わって、捜査が入るんだってよ」


 魁斗は俺に耳打ちし、そう教えてくれた。

 見渡してみると、施設のあちこちでそんな噂話がされている。

 

 話を聞く限り、どうやらここは前にも自殺未遂事件があったのもあって、警察の捜査が入ることになったらしい。

 そしてその間、かがやきの国には活動停止命令が降りた。俺たちが解放されるというのはこのためだ。


 いつ来たのだろうか。表にパトカーが停まっている。

 園長は重要参考人として、警察に連行されるようだった。任意同行ってやつだ。


 その話を聞いて、この一ヶ月間、指導員たちにやる気がなかった理由がわかった。

 こいつらには、施設の運営停止が見えていたんだ。だから過剰なしつけをやめたということ。

 こいつらにとって暴力は仕事。殴るのがビジネス。だから店をたたむのが見えてるなら、これ以上暴力を振るう意味がない。ただそれだけのこと。


 こいつらは仕事で殴ってただけなんだ。

 俺たちが殴られれば殴られるほど、こいつらの商売は繁盛する。俺たちは、ただ仕事で殴られてただけ。それだけなんだ。

 こいつらの御大層な説教も、全ては殴るための大義名分。更生とか教育とかも結局、殴るための口実だったに過ぎない。

 そう思うと、虚しさが俺の心をしぼませた。


 ここに入れられてからずっと『なんでこんな暴力施設が存在するんだ!』と思ってきたけど、結局あれだ。こういう施設を望んでいる奴がいるからだ。スパルタ教育に金を払う奴がいるからなんだ。

 『怒鳴って殴って酷い目に合わせないと、決して一人前にはなれない!』っていう思い込みが、このモンスター施設を生み出していた。そんなありきたりの結末だ。



……………… 



 やってきた私服刑事に指導員室へ来るよう促された俺たちは、そこで保管してあった私物を渡される。といっても、ここに来たとき着てた服だけだが。

 朝日が差し込む自室で着替えた。スエット以外の服に久しぶりに袖を通す。

 部屋着のTシャツだけど、ただそれだけでずいぶんと個性的になったような感じがする。こんなTシャツ一枚で、自分が自分に戻ったような感覚があった。


「……プッ」


 横で着替えていた魁斗のかっこうを見て、つい吹き出してしまう。

 かなりオラついた服装に、見慣れた魁斗の顔が付いてると変な感じがする。しかも洒落っ気もなにもない坊主頭ときたもんだ。


「あぁ?お前、今笑っただろ!?」


「ごめんごめん。だってその格好で丸坊主だから……プププ」


「うるせー!テメーだってハゲだろ!このハゲ!」


 そして放り出された俺たちは、警察に保護され、マイクロバスで警察署に連れて行かれた。

 マイクロバスは窓や運転席が金網で覆われている、イカツいやつだ。


「これ、護送車だよな?」


「お、おう。さすがの俺も護送車は初めてだ」


 普通なら絶対経験しないようなことに、俺と魁斗のテンションは上がる。


「ごめんねぇ。この人数だから、パトカーじゃ足りなくてさ」


 俺たちの傍に座った付き添いの警官はそう言った。

 なるほど。保護する人数が多すぎて刑務所へ送られるときの護送車の出番ってわけか。

 一生のうち、こんなものに乗る機会があるなんて。施設に入る前の俺に言っても信じないだろう。

 悪夢のような場所へ連行され、すったもんだの末に警察の護送車で帰されるとか。まるで刑務所帰りの気分だ。

 いや、実際に刑務所から返ってきたようなものだ。頭だって坊主だし。

 金網がはられた窓越しに見える世界を眺めながら、そんなことを思ってた。

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