第45話 反抗 part2


「テメェ……」


 小暮は対峙した俺を、こめかみに青筋を立てて睨みつける。小動物ならたちまち失神してしまいそうな眼力だ。

 もうこれは一触即発。完全なる威嚇。今までの俺なら屈服していただろう。


 しかし、ここはもとより契約や法律なんて関係ない無法地帯。

 そっちがその気なら、こっちは自分たちの身は自分たちで守らせてもらう。それの何が悪い?治外法権?知るか。俺たちは人間だ。


 もう小暮もかなりキている。園長の命令を無視して俺を殴るかもしれない。

 でも最悪、殴り合いになってもいい。向こうがやるっていうなら、こっちは自分の身を守るだけ。

 相手は室長たちと指導員の6人。こっちの15人が団結して、数で上回れば負けない。


「へへへ……ここまで来たらお前についていくぜ?」

「――――お、俺も」


 魁斗と坊ちゃんは、おっかなびっくり俺に味方してくれる


「魁斗、坊ちゃん。半殺しにされるかもしれないぞ?いいのか?」


「ああ、いいよ。まず俺たちが体張らねぇとな」

「――――地獄まで、付き合う」


 俺たちは三人揃って、小暮と室長のほうへ向き直る。


「「おおお…………」」


 その姿にざわめく入所者たち。


「オメーらはどうすんだよ!?」


「は……はい。いや、ちょっと……」


「従っちゃ駄目だ。自分たちで勝ち取るんだ」


 俺たちの態度を前にした小暮は、他の奴らへ威嚇を向け始めた。俺と小暮の板挟みにあい、困惑する他のグループたち。

 そこで小暮は妙に甘ったるい声で、妙なことを言い出した。


「わかった。一番上手に相手を攻撃できた奴は、特別に副室長にしてやる!副室長は自由時間も増えるし、飯も充分に与えることにする!!」


「「………………!」」


 副室長。

 小暮の口から出たのはその言葉。

 奴らは副室長の特権をちらつかせ、離脱者をつのるつもりだ。

 みんなの間に動揺が広がる。


「みんな、こいつの甘い言葉に騙されるな!俺たちが仲良くすればいいだけだ!」


「副室長になればいじめ放題だ!やりたい放題だぞ!そうだ、女だ!女とだってヤラせてやる!だから奴らの甘えに付き合うな!」


「もういじめる、いじめられるなんてやめよう!他者を侵害するのはやめて、お互いに尊重しあおう!自分を守り、規則を守って生活して、契約を終えてここを出る。それだけでいいんだ!」


「お前らァ!さっさとしろ!!」 


 かき乱され、混迷を極める広間。一触即発。

 なにかのきっかけで、どちらにも傾きかねない。

 さいわい、今のところ、誰も互いを罵倒しあってはいないが。


「おい、戸津床。見ろ、このザマを。テメェの甘えが伝染したんだぞ?」


 小暮は、俺に直接イチャモンをつけてくる。

 なんだ?やっぱり俺を直接叩くってか?


「それを言うなら、あんたらが手を出さなきゃ今の俺は無いよ?それこそあんたたちの自業自得だろ?」


 いまさら俺がビビると思ってるのかよ?むしろ情けないよ、今のあんた。


「テメェ!ナメてんのか、この野郎!」


「また殴るのか?今殴ったらどうなると思う?皆の不満が噴出するぞ?」


 入所者の大半はもう平穏を知ってる。

 誰もまたあの生活に戻りたいとは誰も思わない。だから俺は強気に出られる。みんなが俺を信頼してくれてる限りは。

 それに、入所者側と施設側の対立になっても良い。

 そうなれば室長たちから離反者が出ないとも限らない。室長たちだって、一皮むけばただの入所者だから。

 むしろ室長たちはタブーを犯し、リンチを行った。だから室長たちは当然のように「自分もリンチされるんじゃないか?」と考えるようになる。だから寝返る可能性がある。

 そんな旗色の悪さを感じ取ってか否か、小暮は額に青筋を浮かべ、いきり立っている。


「……徹底的にわからせる必要があるみてぇだな」


 最後にこいつが訴えるのは暴力。

 そう言って小暮は拳を握りしめ、ゲンコツを作って見せる。


「やってみろよ!オラ、やれよ腰抜け!」


 こうなったらとことんだ。

 こいつらの暴力に正当性がないことを暴けるなら、足腰立たなくなるまでボコられてもいい。

 それで皆の意識が変わるなら、喜んでボコボコにされよう。

 そしてこのクソみたいな施設が変わるなら。俺たちの世界が変わるなら。


「ゴルルルルァ!!」


 小暮が砲丸投げのように腕を振りかぶり、俺に殴りかかってきた。

 その力の入り具合に、さすがにやべぇかな、と思う。これ骨折れるかもしれない。


「――――あ、あぶない!」


 その時、傍らにいた坊ちゃんが俺をかばって立ちはだかった。

 小暮の一撃はラリアットみたいな形で坊ちゃんに直撃。坊ちゃんは勢い余って吹き飛ばされる。

 スローモーションのように宙を舞った坊ちゃんは、そのまま床に頭から落ちた。受け身も取らず。


「ぼ、坊ちゃん!」


 俺は坊ちゃんに駆け寄るが、起き上がる気配がない。おい、大丈夫かよ。


「お前。何やってる!立て、ふざけるんじゃないぞ!」


「おい、ちょっと、やめろって」 


 小暮が足蹴にするが起きない。

 なんかおかしい。あの力ない倒れ方。頭から落ちたとき、なんか嫌な音がした。

 一気に血の気が引いていく。なんだかひどく嫌な予感がする。

 倒れたまま起き上がらない坊ちゃんは、次第にいびきのような音をたて始めた。


「お、おい。なんだよあれ」

「ハハハ、なんだよ?寝たふりか?」

「し、白けちゃいましたね」


「あー、お前ら。今日はもう解散だ、解散!さっさと部屋に戻れ!」


 室長たちと小暮は口々にそう言い、この場を収めようとしてる。


「おい、待てよ。そんなことしてる場合か?明らかやべーだろ、今の。救急車だよ」


「あぁ?」


「とぼけるんじゃねーよ!さっさと救急車!病院だよ!」


 そう叫んだものの、俺は室長たちに羽交い締めにされた。そしていつかのように持ち上げられる。


「おい、お前ら……まさか」


 部屋のほうに運ばれる俺。その場に放置される坊ちゃん。


「離せ、離せって!何考えてんだよ!」


 俺は無理やり空き部屋に押し込められ、鉄柵のドアが施錠された。


「おい、ざけんな!出せよ!!救急車呼べよ!オイ!!」


 俺は一晩中叫び続けた。

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