第42話 獲得
「園長先生!自分も、お清めは必要ありません!自己管理できます!」
それからというもの、園長に直談判し、お清めを堂々脱退する者が続出した。
当然ながら、指導員たちはいい顔をしなかった。
だけど、これまで問題らしい問題を何も起こしてないことや、ここの卒業生はお清めなんてしてないことを言えば、施設側は認めざるを得なかった。
渋るようなら俺を引き合いに出すといい、と言ってはいたものの、ほとんどその必要は無かった。俺たちは前例を作っただけで充分だったようだ。
結局、自主的にやってるやつを残し、十人ほどの入所者がお清めをやめた。その間に、俺たちと関わりたがるやつも増えた。
そしてみんな、俺の出した条件を守ってる。
「おい、もう一口いいか?」
「ちょっと待て、俺も今食い終わる」
「早くしろよ。分けちゃうからさ」
食事はみんなで均等に分け合うこと。それが俺の出した条件。
入所者たちは、食事を奪い合ってギスギスすることをやめた。
相変わらず食事は少ないけど、奪わないでみんなで分け合う。腹の減りは収まらないけど、お互い奪い合ってイライラするよりはマシだ。
俺たちがギスギスイライラして、互いにマウント取り合ってる状態が、施設側の思惑なんだから。
俺たちは自力で、そんな不要なイライラ状態を抜けだした。同じ立場同士で憎しみ合わない。それは自然な関係だと思う。
お互いギスギスしないのには、何より殴られないというのも大きいだろう。
俺のフォロワーになれば殴られない。その事実が、皆を楽にしている。
俺は園長のお達しで殴られない。そんな俺の隣で他のやつを殴れば、入所者の間で不公平感がつのる。
指導員たちはそれを鑑みて、俺の近くでは何もしない。
だから俺に近寄れば、少なくとも不理不尽に殴られることはなくなる。
そこで俺を殴るのを再開することはない。態度を改めれば、こっちを意識してるのがバレバレ。逆に示しがつかないから。だから施設側は暴力をやめざるえない。
現実に、殴られる頻度は下がっている。俺たちの輪に入ることで、絡まれないのだ。
理不尽な暴力に怯えてた入所者たちが、のびのびとするようになった。
広間でも、作業場でも、いたるところで羽根を伸ばしている姿が見受けられる。食事中に微笑んだりもする。
笑ったところをはじめて見たやつだっている。あいつ、笑うと歯グキが出るんだなぁ……そういった新しい発見が、やけに嬉しい。
こうやっていくことで、確実に施設内にいい空気ができていってる。
俺のあとを追わせることで、施設側に分断された入所者たちの協調を取り戻せる。これが俺の計画。
俺たちは皆に、目指すべきところを指し示したんだ。
俺たち三号室は、入所者たちにとっての喜望峰。俺はガラス片がメインウェポンのバルトロメウ・ディアスだ。
今日もみんな、雨宿りの傘を求めるように俺のところに集まってくれた。広間の俺のところで固まるみんなに、俺は言う。
「理不尽には、正義で対抗する」
正義。これまでは恥ずかしいと思ってた言葉だが、今の俺たちをそれ以外なんと表現する。
この場合の正義とは、
『自分たちの尊厳と安全を守ること』
『連中の言うまま争わないこと』
『メシを奪わないこと』
『チクって仲間を売らないこと』
それは誰も犠牲にしないことでもある。
「これからの俺たちは、奴らが何を言ってきても、絶対に従わない。俺たちの中の一人でも、従っちゃいけないんだ」
何より理不尽に対して服従しないこと。それを守っていれば、俺たちは誰も傷つけないし、誰にも傷つけられはしない。
このまま頑張ろう。このままみんなで平和に卒業しよう。
そんな広間で固まる俺たちを見てる施設側の視線は、相変わらず巌しい。
そうして俺たち入所者と指導員&室長で、施設は二分した。
………………
「戸津床くん、最近ちょっと目に余るよ?」
博巳は、ことあるごとに俺に苦言をほのめかしてくる。
「ああ、確かに。指導員からすると目障りかもな」
また絡んでくるかと思ってたけど、やっぱり来たか。めんどくさい奴だ。
「大人しく従っておけば、就職先も用意してもらえるんだよ?意地を張るのはやめなよ」
「あーなるほど。お前らの中では『俺は意地を張ってる』って設定なんだな」
この施設は、地元企業とのつながりがある。この施設を出て問題なければ、そこに推薦してもらえる。室長の博巳はそれを引き合いに出す。
「頼むから前のように、大人しく規則に従ってよ!周りを煽るのをやめてよ!じゃないと室長である僕の立場まで悪くなるんだよ?」
「俺たち一般入所者は、もともと立場が悪いんだが」
俺たちの部屋から『風紀の乱れ』が生じると、卒業後の進路にミソがつくってか?もしかして、念願の大企業の正社員へのハシゴを外されるかもしれないな?
しかし、俺になんら制裁が課せられないところを見るに、園長はまだビビってる。「キレてまたあんなことされたら……」と思ってるだろう。
そう、喉元に刃物突きつけられて平気な人間なんているはずがない。だから園長は、絶対に俺たちを見逃す。
自分の命と経営施設……はかりに掛けたら答えは見えてる。
「俺たちは俺たちで、勝手にやるよ」
だから俺たちは抵抗をやめるつもりはない。
バイバイ博巳。お前がそっち側につくってんなら、もう話すだけ無駄だよ。
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