第37話 インターミッション


 あれから俺は半殺しにされた。

 そして独房に入れられることとなった。


 人件費削減に人件費削減を重ねて、いつも人手の足りないこの施設。独房は管理に手が掛かるから、普段は使おうとしない。その独房に入れられた。

 俺は鉄格子で囲われた部屋に運ばれ、留め具つきのベッドに拘束された。

 こうなると、移動も食事も排泄も一人ではできない。


「……ぐっ」


 俺は負けた。

 そもそも勝ちも負けもない衝動的な行動ってやつだけど、失敗したことに変わりない。

 あんなことしたんだ、殺人未遂で警察送りにされるかと思った。正常な判断力を失ってたとはいえ、とんでもないことをしたんだから。

 でも、ここで拘束されてるのを見るかぎり、施設側はそれを避けたみたいだ。

 今の俺を外に出したら、施設の内情をいくらでもチクれるわけだし。さらに暴行の痕跡という証拠もある。まぁ内々で処理するよね。


 独房の拘束はかなり厳重で、俺は何もできそうにない。

 五体をベッドに縛りつけられ、口にはマウスピースを噛まされた。下着にはオムツ。

 独房に入れられると聞いた俺は、ここでシーツで首を吊るか、舌でも噛んでやろうと思っていた。

 そうすることで身をもって抗議しようと考えてた。

 しかし、こう拘束されてしまっては手も足も出ない。それ以前に歯が立たない。


「…………」


 俺にできることといえば、天井を見るくらい。

 身動きがとれず、手足がムズムズする。だけど身をよじるしかできない。


「……うっ、ぐっ」


 思い出すと悔しい。

 俺は最低限の権利を守ろうとした。あいつらは自分たちの立場を守ろうとした。

 俺は女のためにやる気を出した。あいつらは女のために闇討ちした。

 その戦いに負けたんだ。


 これは、ともすればイーブンな条件に見える。

 同じような立場の争いで、俺はそれに負けただけ、と考えてしまいそうなものだが、決定的に違うものがある。

 俺は最低限の尊厳のために戦い、あいつらは余計な特権のためにリンチをした。

 俺は正当な行動で彼女を守ろうとしたが、あいつらは暴力で彼女を奪った。

 こっちに正当性があるのに負けた。その結果、暴力に訴えても負けた。

 なんて無力なんだろう。


 ここでは、窓ガラスから見える外の明るさしか、時間の流れを測るものがない。

 それでも退屈でもない。もうどうでもいいから。

 多少ムズムズするものの、拘束が窮屈に感じない。

 もう耳の奥……頭の中の変な声すら聞こえなかった。

 


………………



 独房に入れられた次の日。

 独房の鉄格子の前で、茶色に染めた髪が揺れた。酒田先生が食事を持ってきてくれた。


「んぐー……」


「はいはい、今外すわよ」


 食事のため、マウスピースが取られた。


「……すいませんでした。迷惑かけました」


 その口で酒田先生に謝る。


「本当よ。どうしてくれるの?」


 状況的に、俺のガラス片を見過したのは酒田先生。だから立場が悪くなったと思う。

 他の指導員連中から責められたはず。なんだったらパートをクビになりそうなくらいの事件だ。

 このかがやきの国はクソみたいな場所だが、彼女にとってはせっかくの職場。それを脅かしたのは他でもない、俺の凶行。


「あなた、本当に問題児だわ」


 酒田先生は、そんな俺に微笑んでくれた。

 なんか無性に酒田先生の胸に飛びついて泣きたくなった。人妻と知りながら。

 できることなら、彼女に甘えて何もかも忘れたかった。そのとき初めて拘束具に居心地の悪さを感じた。

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