四章

第38話 帰ってきた公太朗


 あれから二週間。

 俺は拘束を解かれ、朝一番に開放された。

 傷はほとんど癒えたものの、今度は筋力が衰えた。棟の入り口を抜け、おじいちゃんのようにヨロヨロと廊下を歩く。独房に入る前も大概ヨロヨロだったけど。

 

「ゲッ!戸津床……」


 朝の点呼に合流する俺に、廊下に並んだ皆は目を丸くした。


「公太郎!出られたのか!」

「――――お、おかえり」


 同室の魁斗と坊ちゃんは好意的に迎え入れてくれる。


「…………」


 博巳はそんな俺を、見下すような、嘲笑するような目で見た。


「お前~、とんでもないことやりやがって!すごかったぞ?」


 魁斗がそう言う。そうだ、俺はすごいだろ?間違いなくこの施設で最強の入所者だよ。独房じゃオムツを替えてもらっていたのは秘密だけどな。


「みんな、変わりは無いか?」


 俺が独房に入れられて二週間、ずっと気になってた。大丈夫だったのか?


「お前がいない間に……変わったことがある」

「――――いろいろ、あった」


 そのことを聞くと、魁斗と坊ちゃんはこの世の終わりのような顔をした。


「おい、どうしたんだよ?」


「ま、すぐにわかるよ……」


 点呼が終わって集められた広間に、ヌラ~っと園長が入ってきた。

 園長は俺をチラ見して、すぐに視線を外す。

 あの野郎、意識してませんよ?ってつもりか?バレバレだぞ?

 園長は圧倒的弱者だと思ってナメてた俺に、首根っこを抑えられたんだ。バツが悪かろう。

 だから園長は『別にどうでもいい』『相手にしてない』ってポーズをとってるんだ。独房から出てきた俺に対して。


「オラァ!男子、集合だ!」


 小暮の号令で、同じ部屋の連中同士が固まり、広間の床に座りだした。

 あれ?体操は?しないの?


「さぁ、みんな。お清めの時間だよ?」


 園長が『お清め』と言った途端、座り込んだ男子たちがスエットの下を脱ぎ始めた。


「えっ?ちょっ、何だよ……って、おい!」


 彼らはパンツも脱ぎ、取り出したチ○コをいじり始めたではないか!


「ほら急げ~?さっさと悪い心を抜いてしまうんだよ~?」


 抜くって何を?……まさか抜くのか?つまるところの射精を、ここで?

 なんでだよ!?

 まるでさっぱり意味がわかんねーよ!?

 魁斗の言ってた「変わったこと」ってこのことか?ってことはまさか、これを毎朝?射精が義務付けられてるってこと?


「……っ!」


 意味不明すぎて、呆然と立ち尽くすしかない。

 その間にも、隣の魁斗と坊ちゃんも下半身を放り出し、目をつむりながら一心不乱に性器をしごき立てている。

 目の前のショッキングな光景に、気が遠くなる。

 なんだこれ?こんな尊厳の貶め方、なまじ暴力より酷い。吐きそうだ。


「早く邪念を出してしまってリセットするんだ!それが君たちを、けがれのない子供の心に戻すんだよ?素直な気持ちになるんだ」


 クソ、異常さもここまで来たか。

 何がお清めだよ。こんなことで邪念を出す?素直な子供の心に戻す?脳味噌3グラムくらいで考えられたような理屈だ。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 この広間が、十数人の男たちの吐息で満たされていく。

 あまりのことに呆然としてしまったが、数分が経過しただろうか。このタイミングで室長たちが、それぞれの入所者へティッシュを配っていく。


 他の入所者が一生懸命しごいている姿を横目に、なんか見えてきた。こいつらのクソみたいな考えが。

 これは女絡みでしゃしゃり出ないよう、毎朝こうして去勢してしまおう、というっていうことだろう。

 去勢ついでに入所者のプライドも貶められる、っていう腐った考えだ。屈辱という意味では、殴る蹴るより酷い。発想のゲスさに心底呆れる。

 でもこんなことにも従わなきゃいけないのが、哀れな入所者たち。もう哀れみしか感じない。


 そして『お清め』は、入所者がちゃんと抜いたかどうか、優秀な室長がチェックするようだ。

  室長はティッシュの用意と、きちんと出したかどうかの確認をしていて、お清め事態は免除されている。ここでも室長びいきかよ。


「な、何だよお前!つ、突っ立ってないで、さっさとやれよ!」


 室長の一人の井出が、シコってない俺をとがめる。


「お前ら……」


 俺にも“抜け”ってのか?

 帰ってきて早々これか?ふざけんなよ?

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