第34話 傷痕


 あのあと彼女は、備品室に連れ出され、室長たちに迫られた。

 室長たちは、俺にやったような暴力をちらつかせ、体を開くよう彼女を脅した。

 そして彼女の体は、室長たちによって代わる代わる侵された。

 それが海唯羽が語った、事のすべて。


「なんだよ、なんだよそれ……」


 それを聞いた俺は、なけなしの力が抜け、その場にへたり込んでしまう。


「いいんですよ、私なんて。それより戸津床さんのほうが……」


 気が遠くなる。頭がグワングワンする。

 海唯羽は俺を気づかってくれているみたいだが、耳鳴りがして、あまり聞こえない。


「ヘヘヘ……」


 全て失った、地獄のような気分。笑うしかない。


 そうか、そういうことね。だから室長連中はあんなことをしたのか。

 室長たちを駆り出して入所者をリンチさせる。一度殴らせてしまうと、室長たちは入所者を敵視し、見張っていなければならなくなるリスクがある。

 だからその見返りとして、彼女を好きにさせた。同時に共犯者に仕立て上げることにもなるし。


「なるほど、なるほどね」


 あのザコ室長たちのことだ、自分からは手を出せない。だから指導員が取引をもちかけたはず。 

 奴らは『先生』にそそのかされて、禁断の実を食った。手を出してはいけないものに手を出したんだ。


「あいつら、絶対にぶっ殺す。俺が全員殺すから」


「やめてください……もういい、いいんです」


 海唯羽は震える腕で自分の肩を抱いた。

 もう俺と目を合わせようとはしない。

 いつもと変わらない彼女の丁寧語が、今はやけに他人行儀に聞こえる。


 俺は何をしたらいい? 今の海唯羽に何をしてやれる?励ます?守れなかったのに?彼女を抱きしめる権利は、今の俺には無いのか?


「ごめん……ごめん」


 俺はそう言い残して廊下に出て、自分の部屋に戻ろうとした。

 世界がグラグラする。地面が揺れて、壁を支えにしないと立ってられない。

 俺は何もできなかった。ただボコられただけ。そのうえ海唯羽を傷つけるのを許してしまった。むしろ、俺がいたから、こんなことになってしまった部分もある。

 彼女のナイト気取りだった自分が馬鹿らしい。死にたい。消えたい。


『バーカバーカ』


 その場を後にする間ずっと、自責の念が言葉になり、耳の奥でささやかれているような気がした。

 クソッ、馬鹿にしやがって。

 心も体も最悪の気分だ。


 やっと戻ってきた部屋に座り込み、ハァ、とため息をつく。

 なんだよこのクソゲー。

 

 もしかして俺のせい?俺が行き過ぎたことをしたから?だから海唯羽が?

 そして室長たち。あいつらは入所者を手にかけた。その事実は、施設の締めつけをよりキツくするはず。それも俺のせい?俺に原因が?


『ククク……クスクス……』


 惨めだ。笑われてるような気がする。

 でも俺は、何も間違ったことはしてない。

 人助けしたし、やる気を出して頑張った。素晴らしいことじゃないか。

 なのに、それなのに報われなかった。それどころか根こそぎ奪われた。こんなのゼロどころかマイナスだ!

 クソ、頑張っても良いことなんて無いじゃねーか!それがこの世界の現実なのか?だとしたらクソゲーすぎるだろ!この施設には親が何百万も課金してんだぞ?

 さっきから具合が悪い。耳鳴りがはげしくて、周りの音がぜんぜん聞こえない。


『お前のせいだよお前のせいだよお前のせいだよお前のせいだよ』


 でも俺を責める頭の奥の声は消えない。

 その日はとうとう眠れなかった。

 


………………



 次の日、起床時間に起き、朝礼に並んだ。あれほどボコボコにされたのにも関わらず。

 そして、いつも通りメシを食った。何の味もしなかった。

 なんかわからないけど、朝の体操もできた。バキバキの体で。体中痛いんだけど、なぜか気にならない。フワフワしてて体の感覚がない。

 そうして施設での時間は滞りなく進んでいく。俺の心とは関係なしに。


「オルルルァーー!!」


 指導員にどつかれる入所者たちを横目に見ながら、農園での作業も普段通りこなす。

 モタついた生徒が蹴り飛ばされ、土埃をあげながら地面を転がった。


 俺は昨日、「レイプなんて度を越してる、絶対に許さん!」と思っていた。

 だが、そもそも暴力だってあってはならない行為だ。

 ここではその暴力ですら野放しだから、ヤラれるくらい不思議じゃない。むしろ今まで無かったほうが不自然なほどだ。だから誰も問題視しないだろう。

 いまさらレイプが起ころうが、海唯羽が来るまで、そんな気も起こらないほどブサイク揃いだったってことの証左にしかならない。


 あんなことがあった後にも関わらず、海唯羽は普段通りの生活に戻ってる。

 彼女はうつむき気味で、何もかもどうでもようなったような、どこか呆けた表情をしていた。


 当然かもしれない。彼女はもう何もかも失ったんだから。

 それもこれも、あの室長たちがやりたい放題やったせいだ。

 農作業中も、室長連中で集まってコソコソなにか話してる。

 あいつらだ。あいつらがやったんだ。俺は連中を睨みつけた。


「…………!」


 井出、今場、牛井戸、そして博巳は、俺と目が合うと、あからさまに視線を外した。

 気まずいだろう?俺がなにかしらの報復に打って出るんじゃないか、と考えてブルってることだろう。


「へへへっ……」


 視線はそのまま、笑う。

 俺はこいつらのしたことを忘れない。許すことなんてできない。この施設にいる限り……いや、俺が生きてる限り、ずっと忘れない。俺はいつだってお前らの寝首をかけるんだ。お前らはずっとビクビクしながら生きることになるんだぞ?


「おい公太郎!やめろって」


 魁斗はガンを飛ばしていた俺を制止する。さすがに目立ちすぎたか。


「ここはいいからさ、物置の掃除してこいよ」


 そのへんには、今日の作業で使った用具が放り出されている。それを片付けることで、連中から遠ざけようってか。まぁそうだよな。

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