第33話 傷跡


「ええ!?どうしたの?そんなになって!」


「ちょっと、やられてしまいまして……」


 魁斗と坊ちゃんに連れられ、絆創膏と湿布と痛み止めを貰いに行った医務室。担当の酒田先生はものすごく驚いていた。

 そりゃそうだ。今の俺の顔はボコボコ。番町皿屋敷だから。


「やられた、って……まさかそのケガで授業受けたりしてないよね?」


「ハハハ、ちょっと無理でしたね」


 今日の日課は総じてパス。

 このことは指導員も分かってるようで、特にイチャモンつけたりしてこなかった。そりゃ小暮が糸引いたんだから、知ってるのは当然だが。

 酒田先生は尋常じゃない俺のケガにいぶかしげながらも、ペタペタ体に湿布を貼ってくれる。熱を持った体に、湿布の冷たさが心地いい。


「あれだよ?しばらく安静にしてなきゃ駄目だからね?」


「はい。僕もそう思います」


 開くのも億劫な口を開き、軽口を叩く。

 出来ることなら、このままずっと医務室で安静にしてたい。 


「もしあれなら、他の先生たちにも言っておくから」


「は、はい。ありがとうございます」


 酒田先生がそう言ってくれるなら、しばらく作業は休めるかも。

 彼女の最大限の気づかいに感謝しつつ、医務室を後にする。


「ちょい、トイレ」


 半日以上たって、やっと尿意をおぼえ、トイレに入った。


 立っていられないので、壁の低い個室で座って用を足すと、便器の中が赤黒かった。

 そのホラー映画のような光景に、とうとうお化けまで召喚してしまったのかと思ってビビッてたら、俺の小便が血尿になって溜まっていただけだった。

 ということは、内臓も出血してるってことか……まぁあれだけ殴られれば当然か。

 生まれてはじめてパンツに赤い染みを付けながら、俺はトイレを後にした。


 廊下を進むと、みんなが俺を見ている。足を引きずって歩くボロボロの俺を。みんな臆してる。指導員や室長たちはリンチも辞さないとビビってる。


「そっか。やっぱりこれなんだよな」 


 これが奴らの目的だ。俺は見せしめにボコられた。

 俺たちはいろんな意味で目立ち過ぎた。

 俺と海唯羽の仲の良さは、他の入所者たちの注目の的だった。それにあてられて、開放的な空気すら漂いはじめてた。だから叩く必要があったんだ。この施設の秩序のために、邪魔な俺たちを。

 ああ、そうだ。彼女に……海唯羽に顔を見せないと。きっと心配してる。

 

 俺は海唯羽がいるだろう場所へ向かった。

 いつも二人で会っていた、おばさん室長たちがいない女子部屋へ。

 そこに海唯羽はいた。暗い部屋のすみっこ、机に突っ伏していた。


「桑……海唯羽?」


 声をかけると、彼女はビクッと震える。それからおそるおそる振り向き、俺を確認すると、無言で目線をそらした。いくら俺がボコボコのひどい顔だからって、そりゃないだろ。


「なんかあったのか?」


 そう聞く俺から、逃げるようなそぶりを見せる彼女。いくらなんでも様子がおかしい。


「もしかして、何かされたのか!?」


 普通じゃない彼女の態度に、俺の嫌な予感がつのる。

 うつむいた海唯羽は、そのままポツリポツリと話し始めた。


「……備品室に連れてかれて」


「備品室?何か言われたり、されたりしたのか?」


 黙ってうつむいて、ためらいがちに口を開く。


「……四人に」


「四人って……あいつらか?室長たちが何かしたのか?」


 彼女はコクリと頷いた。


「それで……どうしたんだよ!?」

 

 涙混じりに、鼻をスンスンさせながら、つぶやくように海唯羽は語った。

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