第32話 横薙ぎの風
今場に首をチョークされ、井手にベシベシとローキックされる。月明かりに照らされた博巳は、隅っこでまごまごしていた。
それらはたいして痛くはなかった。でも何か敵意のようなものを感じるし、同じ入所者にやられるってのは、精神的にキツイものがある。
「おいおい、それじゃヤキにならないだろ」
室長たちのへなちょこパンチを見た小暮が、そう言って詰め寄ってきた。
「お前の、その態度を改めさせてやるからな」
小暮はそう言って、俺をタコ殴りにした。ボクシングでいうフックやアッパーのようなパンチが、体のあちこちに突き刺さる。
「ぐっ……ガハッ!」
胃のあたりや脇腹に入った拳が強烈で、たまらず床に倒れ込む俺。
「こうやるんだぞ!わかったか?」
そして小暮は追い打ちのように、俺の背中を何度も踏みつけてきた。
「じゃ、あとは任せるわ。しっかり施錠するんだぞ?」
そう言って小暮は出ていった。
こいつらは繋がってる。小暮が命令して、室長たちにやらせてる。
小暮!指導員たちは俺のこと「見直した」とか「素直になった」とか言ってたくせに。ちょっと都合が悪くなればこれなのか?殴って黙らせるのか?
「ぐっ!がっ!ぎうっ!」
背中や腹を蹴られて変な声が出る。
小暮の容赦ない攻撃から、室長たちの攻撃に遠慮がなくなった。まるで火が入ったように、一発一発に力強さが宿った。
「この野郎、後でどうなると思って……!」
力を振りしぼって上体を起こし、室長たちにガンを飛ばす。
いつもは何も出来ない連中のくせに!闇討ちだけは立派だな!
すると声を出さないように、口に雑巾を突っ込まれた。力いっぱい抵抗するも、のしかかられて身動きがとれない。ホコリと雑菌の味が、口いっぱいに広がる。
そして何発も殴打された。奴らはもう顔面を殴ることにも容赦がなくなっていた。
そうやって殴られながら気づいた。雑巾を口に突っ込まれたのは、叫び声を出さないようにではなく、殴ったときに舌を噛まないように、ということだろう。これもここの指導員が教えたことか?他人を殴るのに慣れすぎてる。
今度は立たされたかと思ったら、蹴る殴るの嵐を浴びせられる。まるでサンドバッグにでもなってしまったかのようだ。その場に倒れ込みそうになるとアッパーカットをくらい、倒れることを許されない。左右にふらつけば蹴りをくらう。
サンドバッグの時間は結局、室長たちの息が上がって終わった。だらしねぇんだよ、このモヤシとデブども。
それからは木材や鉄の棒で体中を殴られまくった。ちょうど体の骨ばった部分に当たると、折れそうなほどの痛みが走る。
アラフォーおばさんは武器を手にすると、ここぞとばかりに執拗に殴ってくる。彼女が手をめがけて放った一撃で、爪が剥がれそうになった。
そのくらいになると、もう痛みから逃れられないと体が判断したようで、特に痛みも苦しみも無かった。
意識も特区の昔に遠のいてて、ただ体に衝撃だけが与えられるだけ。ドスッドスッと殴られ続けるだけの俺。
そう体が揺さぶられながら、ずっと思ってた。
わけわかんねぇ。なんでこんなにボコられなきゃいけないんだよ。たしかに俺は目障りだったかもしれないけど、なんでここまで……
その後は正直よく覚えてない。どこまで殴られたのかも定かではない。
朦朧とする意識の中で三号室に戻され、気がついたら布団の上に寝かされていた。
…………
「おい!昨日、なにがあったんだよ?博巳に聞いても何も言わないし!」
次の日の朝、気がついたら魁斗が横たわる俺の顔を覗き込んでいた。
「室長たちに、やられた」
「やられた……ってなんでだよ?」
「……知らねぇよ」
「ひでぇ顔だぞ、お前」
だよね。メチャクチャやられたからな。
体はぜんぜん動かない。全身ズタボロって感じで、口を動かすのも億劫だ。
「――――医務室いったほうが、いい」
そんな俺を、坊ちゃんも心配してくれている。
「うん、後で行くよ」
でも今は、ちょっと休みたい。起き上がることもできないし。
殴られたところは痛い……というより熱い。殴られたところが打撲になって熱を持っている。
徹底的にボコられたから、その箇所が多く、とんでもない発熱量。尋常じゃないほどの体のダルさだ。ボコボコにされたら、痛いってより熱いなんてはじめて知った。
しかしあれだ。なんでこんな目にあわなきゃいけないのか。理不尽すぎる。室長たちは「お前がメチャクチャにした」とか言ってたけど、そんなの被害妄想だろ。
でも、あるとすれば『俺が出しゃばって見えた』とかそんなところだ。
途中から「調子に乗んじゃねーよ!」とか「女に相手にされるようになって、変な自信がついたか?」とか言いながら殴ってきたし。あれは半分、自供みたいなもんだ。
そうだ、俺は『女といい感じになって、調子に乗ってる』なんてしょうもない理由でリンチされた。
確かに、この極悪非道を具現化したような施設内で、他人をかばうなんて行為は出過ぎたことだったかもしれない。
でも悪いことしてない。助け合いは禁止されてないし、むしろ良いことをしただろ。
仮に理不尽こそが世界の真理で、この施設内で行われる行為がすべて正しい教育で、百歩譲って入所者同士の助け合いが悪だったとしても、奴らのリンチはただのリンチ。個人の都合で行われてる制裁だ。
そして指導員もそれに加担した。明らかにおかしいだろ!
「……ぐうっ!」
ムカついて血圧が上がると、全身にズクンと鈍い痛みが走る。布団の上でのたうつ。
しっかし派手にやられたもんだ。
この施設の『指導』は、入所者に恐怖を与えるためにやってる部分が大きい。だからめちゃくちゃ痛いけど、怪我にはならない。
だが今回のは室長たちっていう、暴力の素人がやったこと。だからぶっちゃけ度を越してると思う。
「お前、今日は寝てろ。俺たちが小暮にかけ合ってみるから」
魁斗はそう言ってくれた。今日はその言葉に甘えることとしよう。そのついでに、今日は勉強も作業もパスしたい。メシすら食えない状態だから。
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