第31話 施設内の出来事


 夕食を終え、部屋に戻った入所者たち。

 俺はこのクソみたいな施設を生き抜くため、今日もゴミみたいな飯を噛み締めた。


 そんな俺たとって、寝る前のトイレは欠かせない。消灯時間になると部屋は施錠されてしまうので、その前に用を足しておかなければならないからだ。オネショしたくないしね。

 俺も夜の廊下を進み、ぼんやりした電球が灯るトイレで用を足す。


 バチン!


「えっ、ちょっ!なんだよ!?」


 その時、突然トイレの電気が消えた。

 トイレだけじゃない。廊下の照明も消えてる。

 ってことは停電か?

 もしくは指導員室でレンジと湯沸かし器とドライヤーを同時に使って、ブレーカーでも落としてしまったとか?

 まぁでもちょうど用を済ませたところで良かった。


 暗闇の中、記憶を頼りに洗面台に行き、手さぐりで蛇口をひねる。 

 電力復旧のため、かけずり回ってるのだろうか?ドタドタと複数人の足音が聞こえる。

 そして足音は、こちらに近づいてきたかと思ったら、俺のいるトイレへ入ってきた。真っ暗なところへ、漆黒の影が入ってくる。


「おい!そっち押さえろ!」


 は?なにが?

 手を洗っていた俺は、影たちによって後ろからいきなり押さえつけられる。


「鍵!鍵!」


 今の声、井出と牛井戸だ。一号室と四号室の室長の。数ヶ月も共同生活してるんだ、声でわかる。

 ていうか鍵ってなんだよ、いったい何をしてるんだ?こいつら。


「……っの野郎!」 


 離せよ!

 心の中でそう叫んで肘を振り回すも、背後から太くがっしりした腕を回され、羽交い締めにされた。

 この体格、きっと二号室の今場だ。ここにいるのは、なぜかみんな室長たち……ってことは博巳も?

 こいつらを振りほどこうと、思いっきり暴れたのだが、すぐに足も掴まれてしまって、踏ん張りがきかなくなった。


「オイ!離せよ!なんなんだよお前ら!」


「く、口っ!ふさげ!」

「よし、このまま連れてけ!」


 腕を捕まれたうえに足を持ち上げられ、ジタバタと身をよじるしかない。

 そうやって抱えられたまま、俺はトイレから連れ出された。

 トイレと廊下をつなぐドアは狭い。そこを通るから、体があちこちにぶつかる。

 出た先の廊下は真っ暗。うっすら青い月明かりがあるだけ。

 

 見渡した各部屋のドアは、すべて同じように閉まっていた。

 鍵がかけられ、鉄柵が口を閉じてしまっている。消灯時間の前なのに。

 様子がおかしいことに、各部屋が「何があった?」とざわついてる声が聞こえた。

 その時、口を抑えてた手が外れた。手も足も出ない俺は、声を上げた。


「オイ!わかってんだぞ!井出と今場、牛井戸だろ?あと博巳、お前もいるのか?なんのつもりだよ、こんなことして!」


 こいつら、確実に室長たちだ。間違いなく。部屋の電気が消されてるし、各部屋が施錠されてる。こんなことが出来るのは、室長たちだけだから。


「お前ら!どうなると思って……モガッ!」


 すぐさまタオルみたいなもので、顔全体を覆われた。


「……んんんーーー!ぐがああーーー!!」 


 俺は声にならない声を上げる。その抵抗もむなしく、引きずっていかれたのは備品室。広間を抜けた先、ロビーの隅の部屋だからわかる。

 普段は使わないそこの、埃っぽい床に転がされた。


「……連れてきました」 


 博巳の声がそう言った。目の前の誰かに向かって。


 地面に転がされたときにアバラを打った。痛い。咳き込みながら顔を上げる。そこには月光に照らされたジャージ男の姿があった。

 岩のように厳しく、ただ居るだけで気圧される存在感……小暮だ。

 今の状況はまずい。

 真っ暗な密室に閉じ込められ、四方をとり囲まれている。室長たち四人に、プラス小暮だ。入所者棟は施錠されていて、誰も出られないようになってた。

 きっとこの停電も、連中がブレーカーを落としたんだろう。こいつらは何かをたくらんでる。


「お前ら!な、なんのつもりだよ?」


 ただならぬ気配。この上なく嫌な予感に、声が上ずる。


「コイツ~!コイツがいるから、私の班が~」


 異様な空気の中、女子部屋の室長のアラフォーおばさんのすっとんきょうな声がひびいた。こいつもいたのか。


「戸津床くん、君のせいでメチャクチャなんだよ」

「わかるよな?お前、ちょっと調子に乗りすぎたよな?」


「ああ?俺が何をしたよ!?」


 寄ってたかって、意味不明だ。俺はこんなことされる筋合いは無いぞ?


「君は、この施設の和を乱したんだ」

「かがやきの国の円滑な施設運営に、お前は邪魔なんだよ」


 こいつらは口々に俺を責める。室長たちによる波状攻撃。

 施設を擁護する立場だから、目の敵になる俺を?こうやって?


「お前みたいなのがいると、示しがつかねぇんだよな」


 小暮も口を開いたかと思ったら、そんなことを言った。


「……どういうことですか?」


「俺たちはお前を信頼してた。俺たち指導員は、お前が素直になったと思ってた。だけど最近のお前はどうだ?考えてみろ、お前は先生たちの期待を裏切ったんだ」


「俺の態度が悪いと?生意気だってことですか?」


 俺の言葉に対して、小暮は縦に頷く。

 クソ!やっぱりこいつら、俺の態度が気に食わないとか、メンツが保てないとか、そんなやつ!こんなの、ただのイチャモンだろ!


「まぁ、そういうことだから、ちょっくらヤキ入れられてくれや」


 そして小暮はいきなり殴った。拳で。俺の腹を。

 久しぶりにもらったが、やっぱりこいつのパンチは効く。


「よし、お前らもやれ」


 小暮が合図すると、室長連中が恐る恐る近づいてくる。

 おいなんだよ、お前らは俺を連れてくるだけじゃなく、手も出すのか!?

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