第28話 ある意味で異常な感情
あれから俺は、たびたび桑名海唯羽をかばい立て、時間を共有するようになった。
そしていつしか、二人で会って話すようになっていた。
限りなくプライベートがないこの施設でも、アラフォーいじめババァとゆかいな仲間たちを追い払ってしまえば、誰もいない部屋や作業場で二人きりになれるのだ。
今日も二人で密会している。作業場の片付けにかこつけて。
「俺は親の誤解で入れられただけなんだ。この施設に」
「わ、私も……そうです」
最初の頃はキョドり倒してた桑名海唯羽も、最近は普通に話せるようになっていた。
「やっぱりそうだよね。桑名さん、こんなとこには似合わないもん。配信とかしてたんでしょ?」
「あっ……はい。そう、です」
「やっぱりね~そんな感じする。わかるわかる」
俺ばっか喋ってる気がする。いや、喋ってる。自分でもややウザいと思う。
だから彼女も話せそうな話題をふってみる。なんか初日に「自分は人気配信者で~」って言っていたから。
でも『人気配信者』なんて、その場しのぎのデマカセかもしれない。
事実、そんな人気者になるほどの愛想が、目の前の桑名海唯羽にあるとは思えない。キョドりまくりの彼女に。
でも今は真偽なんてどうでもいい。ちょっとでも彼女が楽しそうにしてくれればいい。
「どんな感じだった?」
「えっとですね……ゲーム実況とか商品紹介の動画とかをちょくちょく。あっ、でもそんなに見てる人もいなくてですね……」
「あはは、まぁそんなもんだよね。これからだよ、これから」
うん。ダメそう。
そもそも、底辺動画配信者の商品紹介とか、誰が見るんだよ……
こんな時だからこそ、楽しいことを思い出させるのが一番、と思ったけど、これは掘り下げるとこっちまでダメージを負いそうだゾ。
だけど彼女はなんか嬉しそう。テレテレしながら話している。ってことは、彼女的には自信があったんだろうか?だとすれば、なおさら気の毒である。
「まったく、毎日毎日ありえないよね。軍隊でもここまで酷くないよ」
わ、話題を変えよう。
俺はこの施設での生活について、愚痴をこぼした。
「……は、はい……ですよね」
俺と話す彼女には、まだ戸惑いがみえる。
たしかに俺は、彼女をかばい立てる稀有な存在。
しかし俺を信じていいのか、俺が豹変していじめる側に回らないか、判断に困っているところだろう。
だから少しでも信頼を勝ち取るため、少しでもおどけて見せる必要がある!
「だから、ここを出たら訴訟してやるって考えてるんだ。マジで」
「ふふっ……」
俺は拳を胸にかざし、決意表明をする立候補者のような、大仰なポーズを取りながらそう言う。
そうやってこの施設をディスることで、ずっと曇ってた彼女の表情が少し晴れた。
作業時間が終わり、棟に戻されると、俺たちの密会は終わり。
今日も元気づけることができた。その積み重ねだろうか、最近の彼女は若干明るくなったと思う。
彼女が元気になるためなら、俺はいくらでもおどけて見せる。ピエロになるくらい、お安い御用だ。
俺はただ、後輩を助けるつもりでやってるんだけど、はたから見たら変に見えるかな?
けっこうクサいこと言ったりしてるような気もするし、思い出すと照れくさい。胸がグワーッと熱くなって、首元が熱を持つ。
もしかして俺はあの子のこと気になってるのか?
正直、気の毒には思ってたけど、まったくそんな感情は無かった。無かったはずなのだが。確かに顔はそこそこ可愛いけど、全然そんなふうに意識してなかった。
なのになんだ、このたかぶる気持ちは。
そもそもここの女入所者なんて、みんなおかっぱ頭にブカブカのスエット。そのうえスッピンときたもんだ。
まだ若い桑名さんなんて、まるで林間学校の中学生。だから全然そんな気にならなかったんだ。
ちょっとでも肌を露出したりしてれば意識してたかもしれないけど、スエットを着崩すことを許されてるのは室長だけ。それが色気のなさに拍車をかけてるんだから。
そういう点では医務室の酒田先生のほうが断然イケる。俺は酒田先生のほうがタイプだ。
髪とか化粧、服装がちゃんとしてるぶん、けっこう美人かも……とか思ってたくらい。
そんな桑名さんが気になって気になって仕方ない自分がいること。それは揺るぎない事実だ。
しっかし俺がこんな気分になるなんて、不思議な事もあるもんだなぁ。
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