第26話 噂の女
今、『かがやきの国』で一番ホットなのは、新入生・桑名海唯羽の存在。
初日でいきなり園長をビンタした彼女だが、ボコボコにされた後は、すっかりおとなしくなっていている。
あの時の失禁と共に、虚勢がぜんぶ流れていってしまったかのようだ。
彼女は女性入所者用の部屋に入っていて、同室の女たちにいじめられてるのをよく見る。
おそらくは新人を迎え入れるための儀式なんだろうが、あんな鮮烈なデビューを飾った彼女だ。女性入所者たちによる新入りいじめは苛烈を極める。
しかも若くてけっこう可愛いときたものだから、本気度が違う。
足を引っ掛けられて転ばされたり、水をかけられたり、罰当番を押し付けられたり、落としたものを食べさせられたり……
そういう時、女性入所者たちは決まって愉悦の笑みを浮かべてる。加虐心をそそられるのだろう。
「クワマン!お前、調子乗んじゃねーよ!」
「ヒィ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
桑名海唯羽は今日も施設内のいたるところでいじめられてる。
「クワマン!オメー、ケツだぞ?今度はケツだからな?」
ケ、ケツををどうするんだ……
このクワマンというのは、桑名海唯羽の不名誉なあだ名。いつもその名で呼ばれ、理不尽ないいがかりをつけられている。
彼女に対するいじめは、羞恥を与える性的なものも含まれていた。
部屋や広間、作業場、トイレでいつも何かされている。
何が行われているのかはわからないが、いつも裸にされてるのを見る。見まいとしても、どうしても視界の隅に入っちゃうんだな、これが。
こないだ目撃した時は、仰向けに押さえつけられ、陰毛をカットされていた。
それが彼女の日常だった。
「あの桑名さんって、ちょっと、か……かわいいよな」
「あ、ああ……そうだよな。ちょっと気の毒に思うけどな」
広間での男衆の話題に上がるナンバーワンは彼女。一番視線を集めている。
彼女がはずかしめを受けるたび、男子たちは鼻息を荒くしていた。
特に博巳は彼女に執心していて、周囲の目も忘れてガン見している時がある。
彼女のはずかしめを目撃した日は、一晩中布団の中でモゾモゾやって、次の日はダルそうにしている。
こんな風に、彼女はみんなに楽しみを提供してくれる、貴重な人材となっていた。
「でも、あの子は……もうちょっと叩き直されたほうがいいよな」
「うん、誰でもすぐには素直になれないからな」
誰もがそう口にする。
よくある話で『根性を叩き直す』というのは、いじめの口実。誰もが彼女がいじめられるのを期待している。加虐心を満たすため。
俺たちは本質的にみんな同じだ。この施設に押さえつけられて、屈折してしまった心を満たすためにいじめてる。
みんな強者に自己投影し、いじめられるのを見て加虐心を満たしている。
自分より弱い存在を見て安心している。誰もが発散できる惨めなサンドバッグを欲している。男たちはいじめられる彼女を見て、別の欲望を満たしている。
だから誰も彼女を助けない。
それどころか、いじめられるのを期待している。こんなのはいじめの連鎖でしかない。著しく根性が曲がってる。
許すとか、同情するとか、人を憎まないとか、そういった基本的な人間らしさすら無い。いじめが肯定され、推奨されているのがこの施設だから。
なので『誰かをいじめたい』という欲望に歯止めがかからない。
こんなシステムが野放しだから、誰も幸せになれない。救われない。彼女は今、絶対的に不幸だ。
俺はそんな彼女に対して、同情の念がある。伏し目がちな彼女をかわいそうだと思う。
それは、俺自身が入所者からいじめられなかったから、立場の低い彼女に対して余裕があるだけなのかもしれない。
俺の同情心は下心から生じてるのかもしれない。それも否定できない。実際に彼女の絶望顔を見て興奮したのも事実だし。
でも、俺は彼女に対するいじめは良くないことだと思ってる。そして俺は、今の自分の気持ちが間違ってるとは思ってない。
………………
「オイ、クワマン!!テメーのせいでウチらの班が最後じゃねーか!!」
「ヒィッ!ごめんなさい、ごめんなさい」
ある日、午後の農作業を終えて一息ついていたら、彼女がまた絡まれてるのが見えた。いつものオバサン室長のいじめだ。
「オメーのせいなんだから、残りの片付けは全部お前やれよ!?」
「は……はい。すいませんでした」
ここでは農作物の梱包が一番遅い班が、作業道具の後片付けをさせられるのだが、萎縮しきっている彼女。いつものように言いがかりをつけられ、後片付けを押し付けられてしまった。
気の毒だ。こんなの言いがかりだ。もし一番遅かったとして、それは桑名海唯羽のせいじゃない。
新入りが仕事遅いのは当然だし、仮に彼女のせいだったとしても、それは同じ班の人間の教え方が悪いだけなんだから。
「あらら、ありゃ酷いな」
そんな言いがかりを付けられた彼女の仕事っぷりは酷いものだった。
消毒用のポンプ、肥料のボトル、土寄せ用のスコップなど、ありとあらゆる農機具を片付ける場所がメチャクチャだ。
でもそれも当然。来て間もない彼女が、作業道具の片付けを知っているわけがない。しかし彼女はそんな無茶振りでも受け入れるしかない。
「……しょうがねーな」
これはさすがに手を貸さずにはいられない。このままじゃ片付ける場所を間違って、点検に来た指導員に怒られるかもしれないわけだし。
「あの、桑名さん?大変でしょ、手伝うよ」
「ええっ?」
俺は散らかってた作業道具を、所定の位置へ運ぶ。何ヶ月もいると慣れたものだ。
それに彼女は驚いてる。驚かせまいと、なるべく自然に、さり気なく近づいたつもりだったんだが。
「あの、ここは私の罰当番なんで。手伝ったのがバレたら……」
「いいんだよ。俺が勝手にやってることだから」
彼女は俺が手伝ったのが発覚するのを恐れて、身構えてた。
関係ない俺が罰当番を手伝ったとなれば、それはルール違反。見つかったら大変だ。でも、これも助け合いには違いない。言うなれば奉仕。
この施設はみんなで助けあって、社会に奉仕できる人間を育てるんだろ?だったら文句は言わせない。
「それ、こっちだから」
「ヒッ……!」
彼女が持ってた箱を取ろうと手を伸ばすと、いきなり彼女は身をすくめた。
その反応に俺も「えっ?」と驚いてしまったが、彼女は目をつぶったまま、立ちすくんでしまって、なかなか目を開けられずにいる。
そうか。この子は小暮にさんざん殴られたから、手が近づくだけで反射的に目をつぶってしまうようになってしまったのか。
こんなに怯えるんだから、片付けの件で小暮に絡まれてたらヤバかっただろうなぁ。うん、手伝ってよかったかもしれない。
「スコップは壁にかけて、これとこれはあっちの棚ね」
困惑してる彼女をよそに、黙々と片付けていく。
室長や指導員が戻ってこないうちに終わらせたいから。ついでに作業道具の配置も教えていく。
「これで終わりだね。それじゃ、気をつけて」
「……あ、あ、あ、ありがとうございます」
片付け終わった別れぎわ、彼女は俺に感謝の気持ちを述べた。
ふふっ、ありがとうございます、か。
気まぐれに手伝ってみたけど、人から感謝されるなんていつ以来だろう。
まぁ……悪い気はしない。自然とニヤニヤしてしまう。
今の俺の顔は、炎天下のアイスのようにグニャグニャしてると思う。
一回り年下の子に感謝されてのぼせるなんて、馬鹿みたいだ。らしくないなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます