第25話 開示されし者(二人目)


 彼女、桑名海唯羽は、間違いなく小暮にビビってる。

 散々殴られたせいで、小暮の一挙一動にも怯えるようになってしまっている。


「誰も見てない配信を「収益になる」と言い張り、それを言い訳に一日中パソコンにかじりつく生活」


 園長の伊佐坂が彼女のプロフィールを読み上げていくが、もう抵抗する気力も無くなったようで、ただ呆然としているだけだった。

 うん、意外とあっさりだったな。小暮はまだ第一形態くらいの力しか出してないぞ?まぁ女の子だから、こんなもんか。


「それなのに学校にも行かない。かと言ってバイトしてるわけでもない。婚活してるわけでもない。家事もできない。母親がパートを掛け持ちして、その稼ぎで生きていられるだけの存在……いわば寄生虫」


 皆の前で、ここに来るに至った経歴を読み上げられる。

 彼女はやっぱりフカしてた。人気配信者なんかじゃない。俺たちと同じ、無力なヒキニートの一人だ。

 それが暴かれた瞬間、俺の心は妙な安心感を味わった。

 彼女が俺と同類の無力なヒキニートだと分かると、自然とニヤニヤして止まらない。愉悦を感じながら聞いてしまう。

 俺以外の入所者たちもそうだ。ここにいる誰もが、みんなニヤニヤしている。


「では、この子が汚れてない、真っさらな心を取り戻すよう、余計なものを剥ぎ取り、赤ちゃんに戻そうね?ゼロから育て直して行くんだよ?」


 園長がそう言って、彼女は指導員たちに取り囲まれていく。

 えっ?これってあれだよな、全裸にされたやつ。俺も脱がされたし、魁斗たちもやられたって言ってたけど、女の子も脱がされるの?

 誰も何も言わない。だが、みんなが凝視する。異様な空気が立ち込める。


「えっ……?あっ、ちょっ」


「なんだ?」


 取り囲んだ指導員たちが、彼女の服に手をかけた。

彼女はそれに軽く身をよじって抵抗したのだが、小暮に睨まれ、すぐに諦めた。もう声一つ上げない。

 指導員たちは仕事という体裁だから、あくまで作業的にひん剥いていく。

 彼女は羽織ったパーカーを剥ぎ取られ、ヨレヨレのTシャツが脱がされた。濡れたショートパンツを引っ張られ、床にベチンと尻もちをつく。

 AVで見るような脱衣とは違う。飼い犬に着せた服を脱がせるようものに近い。


 そうして桑名海唯羽は、何の抵抗もなく裸に剥かれてしまった。

 引きこもりだけあって真っ白く、柔らかそうな肌が目に眩しい。


「ん~。自分で汚したところは自分で掃除しなきゃね?」


 バケツと雑巾が用意された。自分の粗相の掃除をさせられるようだ。

 そうして全裸で雑巾をかけていく彼女。

 体を縮こませてはいるものの、恥ずかしさより恐怖が勝って、さっきからずっと顔面蒼白だ。

 そして何も隠そうとはしない。引きずられた時にぶつけたのか、白い肌がところどころ真っ赤になっている。


 震える手で、おもらしで汚れた床を拭いていく彼女。

 そのたびに小振りだが形の良い乳房や、濡れた下着ごしにもわかる丸い尻がプルプルと揺れる。

 誰の目にもふれたことのないだろう、白く柔らかい肉。それを凝視しているのは俺だけじゃない。皆が見ている。


 広間の異様な熱気。

 いつもは植物のように生気のない顔をしているこいつらが、この時ばかりは、じっとりと熱がこもった顔をしている。


「気持ち悪……って、俺もか」


 小声でそうつぶやくが、ついさっきまで俺もガン見してたことに気づいた。

 かといって、他の男連中のようないやらしさ……性的興味からじゃない。

 本当だ。いや、ゼロかと言えばゼロじゃないんだけど違うんだ。お尻やおっぱいより、彼女が恐怖し、おびえる姿を見ると、なんか胸がスッキリするような気持ちになるんだ。


 以前の俺なら、あんなのを見せられたらトラウマになりそうなものだったが、今はなんだか彼女の絶望した顔が心地よい。

 俺もこのゲスたちと同類なのか?

 他人が苦しむ姿を見て絶望する奴らと?


 そして彼女の掃除が終わったところに、ビニールシートが敷かれた。

 指導員の新羽の手にはハサミが握られている。


「女子はおかっぱがここの決まりだからな」


「あ、ちょっ……や、やめ……」


 ジョキジョキとハサミが入った。

 長く細い女の子の髪を、およそ繊細さとはかけ離れた手つきで切り刻んでいく。髪が束になり、はらはらと音もなく地面に落ちていく。


 ほどなくして、彼女は子供のようなおかっぱ頭にされてしまった。

 手探りで自分の髪を確認した彼女の顔に、ひときわ濃い絶望の色が広がる。

 目の前で繰り広げられるこの異様な光景を前に、俺はズクンズクンとした下腹部の熱さを感じていた。じっとしていられずに、思わず体をよじってしまう。


「ようこそ。かがやきの国へ」


「よろしく!」

「よろしくね」


 そして青ざめた顔の彼女は、同室になる女子連中に連れてかれていき、彼女、桑名海唯羽の歓迎会は終了した。



…………



 その日の夜は、いつになく部屋が静かだった。

 消灯時間でもないのに、みんな布団に入って早々に寝てしまった。


 いつも消灯ギリギリまで喋りまくる博巳も、早々に布団に入った。

 いつもなら自分と指導員を同一視して、「社会で生き残るためには、僕たちも冷酷にならなきゃいけないんだ!」などと持論を打ってる頃なのに、今日は静寂そのもの。

 その博巳の長話に「くだらん、寝る」と言ってさっさと寝てしまう魁斗や、いつも気がついたら寝ている坊ちゃんはともかく。お喋りな博巳が。


 俺はそんな博巳がわからんでもない。きっと今日の『あれ』を思い出してるんだろう。今日のあの白い肌、丸い尻を。

 こいつは特に凝視してたからな。目を血走らせて。そして布団の中で励んでるのに違いない。汚い話だが、わからんでもない。

 ここの卑屈なやつらにも、そういう欲求があるんだなぁ。

 人間らしさを放棄したような連中にも、欲望があるということを認識して、ちょっと面食らってる。


 まぁこの言葉、全部俺にも返ってくるんだけど。

 俺もあいつの……桑名海唯羽の絶望した顔が忘れられないんだから。

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