第23話 叱咤激励 part2
「オルァ!テメェ!」
施設内の各所で怒号が飛び交っている。入所者たちはあらゆる場所で殴られている。指導員たちはいつもの何倍も張り切っている。
「ホラ!サボるな?」
「あでっ!す、すいません!」
水飲み場の掃除を再開した俺は、後ろから園長にケツを蹴り上げられた。ブザマにも、小学生たちが見学している前で。
「お兄ちゃんたち、かわいそう……」
それを見ていた子供の一人がそう言った。フリフリのワンピースを着た、サラサラ髪の女の子。穏やな声色の、育ちが良さそうな子だ。
その子に向かって園長は、奇妙に優しい口調で言葉をかける。
「このお兄ちゃんたちは、いけないことをした人たちなんだよ?働かないで怠けてばかりいて、みんなに迷惑をかけたんだ」
「でも、だけど……暴力で言うこときかせるのは、ちがうと思う」
この子。ただ情に厚いだけじゃない。悪いことを悪いと言える、良い子だ。
園長はその子の目線に屈み、脂ぎった笑顔で「いいかい?」と諭しはじめる。
「みんなで学芸会の準備してるのに、一人だけ『やりたくない』って言う人がいたら、みんな困っちゃうよね?このお兄ちゃんたちは、そうやって社会に迷惑をかけた人たちなんだ。悪いことをしたら刑務所に入る、それと同じなんだよ?」
「じゃあ、犯罪者と同じくらい悪い人なの?」
「そうだよ?国や社会に迷惑をかける、悪い人たちなんだ」
『悪い人』と聞いて、他の子どもたちがみんな俺たちを睨んだ。
「みんなは勉強がんばってるかな?友達いっぱいいる?」
「はい、頑張ってまーす」
「うん、まぁまぁ。人並みに」
「勉強を怠けたり、友達と仲良くしなかったりすると、このお兄ちゃんたちみたいになっちゃうんだよ?」
「ええ!?本当?」
「そうだよ?だらしない迷惑な引きこもりになって、こうやってお仕置きされるんだ」
バシィ!
「へぶっ!」
子どもたちに説明していた園長は一転、突然俺の頬を殴った。
「ほら!怠けてないで、さっさと働けぇ!?」
子供たちの前で理不尽に殴られた俺。不意を突かれたのもあって、まるでコントみたいな殴られっぷりだった。
「クスクス……」
「アハハハハハ!」
今のが楽しかったのか、子供たちの間で笑いの渦が起こった。子どもたちが俺を見て笑ってる。
「へへへ……」
どうしたことか。俺はヘラヘラ笑いをやめることができない。
施設のあちこちで、子供の笑い声が聞こえる。 同じように盛り上がっているんだ。
すれ違う入所者たちも同じ。みんな卑屈に笑ってる。これ以上ないほど卑しい笑顔で。
「わかった?みんなもニートにならないように、お勉強がんばれるかな?」
「はーい!」
しばらくして小学生たちの見学が終わった。
その間には正座させられたり、反省文を読み上げさせられたりと、もりだくさんの時間だった。
「引きこもりにならないように、みんなと仲良くできるかな?」
「はーい!」
園長がそうシメる。やっと終わった。やっと解放される。
「ハイハイハイ!!」
その時、唐突に男児が手を上げた。おどけた態度の、お調子者タイプのクソガキだ。
「ん~?何かな?」
「俺は勉強頑張ってるし、将来は絶対ニートにならないから、俺もこいつら殴っていいですか?」
そのガキはそんなことを言う
「んん~、それじゃあ絶対に怠けない、って約束できるかな?」
「うん、絶対!俺ん家はお父さんもお母さんも、大学生の兄ちゃんもみんな優秀だし、絶対ならない!」
「しょうがないなぁ~、じゃあ頑張るんだよ?」
そう言って園長は満面の笑みで、その子に竹刀を渡した。
「お前たち?こんな子供でさえ頑張ってるんだよ!?根性叩き直してもらえ!?」
園長がそう合図をしたと同時に、整列した入所者たちがパシパシ叩かれていく。
「オラオラ!オラッ!」
いくら竹刀とはいえ、指導員たちから受ける暴力と比べれば、屁みたいなもの。痛みなんてほとんど無いに等しい。
「他に『自分は絶対、引きこもりにならない!』って子はいるかな?」
「はいはい!」
「俺も!俺もやりたい!」
そうして希望者に殴られることが、この見学会の最後のイベントとなった。
しょせん子供。あと何人来ようが、いくら殴られようが、別にたいしたことはない。なのになぜ、俺は泣きそうになっているのか。
………………
「「「ありがとうございましたー!!」」」
今度こそ本当に見学が終わり、見送りのため施設の表に出た。子どもたちに頭を下げ、送り出していく。
「オラッ!早く乗れよ、クズ!」
「お前、将来は引きこもり確定だな!」
「おいニート!ニートは矯正だぞ?わかってんのか?」
バスに乗り込むとき、メガネのもやしっ子が頭を叩かれているのが見えた。
手を出してているのは、さっきのお調子者の子と、その友達たち。
もやしっ子は抵抗もせず、うつむきながらバスの中へ消えていく。
「オメー、臭ぇんだよ」
「給食タダ食いは帰れよ!」
その後ろの女子グループでは、家庭が貧乏なのか、ボロボロのジャージを着た子が取り囲まれ、嘲笑を浴びていた。
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