第22話 叱咤激励 part1
今日は施設の清掃の日。
ホウキをかけたり、床を水拭きしたりして、入所者たちが施設全体を清掃していく。俺も雑巾がけをしている。無駄に丁寧に。
あの発表の日から、特に変わったこともない。
怒鳴られ、殴られてることは変わらない。しかしそれ以上のこともない。心を乱されることがない。
そういう点では穏やかなものだ。雑巾をしぼりながら思う。
ここでの毎日に耐えるうち、俺に出来ることは逃げ出すこと、抵抗することじゃなく、身を守ることだけだと気づいた。
俺たち入所者は、メチャクチャなようで実に巧妙なシステムにより、身動きがとれないのだから。
「俺はこんな場所に相応しくない」と言ったところで、より指導が激しくなるだけ。
「ここから脱走する」と言ったらチクられる。ここの囚人どもはみんな、看守に媚を売るため、密告できる相手を血眼になって探しているから。
そんな状態じゃ、あがけばあがくほど消耗し、日々の暮らしがますます大変になる。
もう一つわかったのは、みんなそれをわかったうえで、この施設に順応してるってこと。
「俺は他のやつとは違う!」と思ってたのは俺だけじゃない。多少なりともみんな思ってたこと。
魁斗が俺のことを鼻で笑ってたのは、俺の気持ちがわかるから。それでもこの施設に残ってるってことは、誰も脱出できてないってこと。
そんな場所で俺にできるのは、ただひたすら我慢して、卒業するのを待つだけなのか?他の連中と同じように。
そう考えると、目の前が軽く真っ暗になる。
そんな毎日で、意地を張る気も失せた。「心だけは折られない!」って思ってた気持ちも、いつの間にか消えていた。
その気持が消えたのはあの時だろうか。作文を発表したあの時。皆の前で『自分が悪い』と宣言した瞬間。
あの発表は俺、みんなの前で、公に『自分が悪い』と認めさせた。
本当は『俺が悪くない』のだとしても、俺が『自分が悪い』と認めたのは事実。その事実があるから、もはや言い訳ができない。そう言った以上、全面的に俺が悪い。
たとえ内心どう思ってようと、形式上は俺が悪い。俺は自分で“責められる口実”を作ってしまった。
だから「お前が悪いんだよ!このクズ野郎!」と罵倒されれば反論できない。受け入れるしか無い。内心がどうであれ、俺が認めたのは事実なんだから。
その事実は俺を大いに萎縮させた。これまでのようにツッパることができなくなった。的外れな説教を食らっても、受け入れるしかない。
そんな生活を送るうち、皆の気持ちがわかるようになってきた。
みんな怯えながら日々を過ごしているんだ。自意識を侵される痛みに怯えながら生活してる。だからみんな萎縮してる。
傍目には、俺がこの施設に適応出来ているように映るだろう。
水飲み場の掃除をしながら鏡に映る自分を見て、そんなことを思う。
そこに映った俺は、みんなとまったく同じ顔をしていた。意欲もなにもないけれど、行進することだけは立派な兵隊。
そう、みんなと同じ姿だ。
「ワーワー」
「キャッキャッ」
そんな時、施設の表で騒ぐ声がした。聞き慣れない甲高い声。
いったいなんだ?俺は今、モノローグなんか入れつつセンチメンタルな気分なんだから、邪魔しないでよね?
「オルルラァ!集合だ!!」
広間に集められた俺たち入所者のところへ、子供たちが連れてこられた。指導員たちの後について、賑やかな一団がゾロゾロと入ってくる。
「今日は、市内の小学校の生徒たちが、社会科見学で来てくださったよ?」
いつもに増してニコニコ顔の園長。え、何?見学?ここを?目の前には1クラスだろうか。二十数人の子どもたち。この子達に見せるの?この施設を?
「挨拶ゥア!」
「お、おはようございます!」
「よ……ようこそ!」
突然来られたわけで、打ち合わせなんてしてないから挨拶がバラッバラ。
みんな動揺を隠せていない。
「オォラァッ!」
バシーン!
床を打つ竹刀に気合が入っている。
今日の威嚇は、よそ行きの威嚇だ。その迫力に子供たちもビクッとなっている。いつものオラァ!にもキレがある。
「私が園長の伊佐坂だよ?そしてこの人たちが引きこもりのニートたち。そして、この『かがやきの国』は、彼らを更生する施設なんだよ?」
園長は俺たちを指し、そう言った。
「うわ~、俺はじめてニート見たよ~」
「キメェ!感染りそう!!」
子どもたちは俺たちをまっすぐ見つめ、率直な感想を漏らす。
「じゃあみんな、どうやって引きこもりニートを普通の人間に戻すと思う?」
「え~、説教する?」
「働くことの大切さをおしえるとか?」
園長の質問に、子どもたちが答える。
「うん、そうだね。お説教して、働くことを教えるのは大事だね?だけどこいつら引きこもりニートは甘えた奴らだから、こうやって根性を叩き直さなきゃいけないんだよ?」
ボカッ!!
園長が前の入所者を殴った。子どもたちの前で。
これがこの施設の答えだ。
「オラァ!お前ら!わかったら仕事に戻れ!」
小暮の怒号で入所者が、蜘蛛の子を散らしたように持ち場に戻っていく。
そして広間の掃除を中心に、各々の作業を再開した。表では農作業しているところも見せてるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます