第21話 特別なカリキュラム part3


 それから俺は、三号室のみんなと並んで体育座りし、話を聞く側に回った。


「私、いわゆるメンヘラでした。他人の承認を得たいから嘘をついて、他人を振り回しました。自傷行為もしました……よくあるやつです。他人の気を惹くためになんでもやりました。その結果、いろんな人を傷つけ、迷惑をかけちゃったんです」


 女子部屋のおばさん室長は、そう告白した。

 照れ笑いなどを交えながらの発表に、聞いてる側もつられ笑いしたりの発表だった。

 おかげで広間が和やかなムードに。ベテラン入所者の貫禄を見せつけられた気分だ。


「俺はヤンキーだった。ツッパるのがかっこいいと自分を騙して、現実を見なかった。何度も警察の厄介になった。親に迷惑をかけた。自分で稼がず、親に甘えてるだけの存在なのに、育ててくれた親を泣かせた」


 何人目かに魁斗の発表があった。

 ここにすっかり適応してしまっているこいつも、シャバではいろいろあったんだなぁと思うと、なにか感慨深いものがある。


「中学の英語の時間、英語で自己紹介をした途端、クラス中がクスクス笑いだした。それから皆にからかわれるようになって、心の弱い僕はそこで引きこもった……そして社会から逃げ出してしまった。それは単純に自分が自意識過剰で、我慢が足りないから」


 入所者たちの発表には、ところどころ本から引用したフレーズがある。

 自分の行いを自ら批判するなんて、他から言葉を引用しないと困難だから。


「自分がなんら成果を収めたことのない無能なのを隠し、才能があると言い張ってアーティスト気取りをしていた。親も騙して金を引き出した。その金で自堕落な生活をしていた。それも全て、自分を見つめることが怖かったから」


 内面を吐露する時間が淡々と進んでいく。入所者の数だけの理由がある。


「家庭では親に虐待され、学校ではいじめられ、現実が怖くてバーチャルの世界に逃げ込みました。でもこの施設で、親の暴力や同級生のいじめは、すべて僕を自立させようという愛のムチだったことを知り、今では後悔しています」


 他人の発表を聞いていても、あまり頭に入ってこない。

 とんでもないようなことを聞かされているようでもあるが、自分の発表を終えてからずっと、頭がボーっとしていて集中できない。言葉の端々が断片的に入ってくるだけ。なんとなくで聞いてるだけだ。


 パチパチパチ……


 拍手と共に発表の時間は終わった。

 入所者たちは皆、緊張から解放され、胸をなでおろしている。中には緊張の糸が切れ、完全に呆けてしまっているやつもいる。


「君たち、よく頑張ったね?」


 園長がみんなの前に立ち、めずらしく入所者を褒めた。


「君たちはこれまで、決して良い子じゃなかった。それはわかるね?でも、きちんと間違いを認めて頑張れば、君たちは生まれ変わることが出来るんだよ!」


 園長はそう熱っぽく語る。黙って聞く入所者たち。


「私たちの施設が君たちを受け入れたのは、きっと何かの運命だよ?」


「園長先生……!」


 園長のその言葉に、感極まった生徒が泣き始めた。次第につられてすすり泣きをはじめる者が出はじめる。

 そうして広間に複数の入所者からなる、嗚咽の大合唱が広がった。


「いいんだよ?思いっきり泣け?そして頑張って生まれ変わろう!」


「先生!」

「先生!」


 園長にすがるようにして泣くやつ。生徒同士で肩を組んで泣くやつ。直立不動でボロボロ涙をこぼすやつ。目を拭いながら鼻をグシュグシュさせてるやつ。俺の同室の連中も瞳をうるませてる。

 多かれ少なかれ、みんなが感極まっている。


「全員、外に集まれ!」 


 その小暮の言葉に表に出ると、すっかり日が傾いていた。

 外には、互いちがいに積まれた木材があった。そこに種火が投入されると、木材はまたたく間に燃え上がる。

 なんだこれ?もしかしてキャンプファイヤーか?

 発表の途中から、指導員が席を外したと思ってたけど、こんなのを準備してたのか。


 そして入所者たちみんなで、焚き火を囲んで歌って踊ってしている。

 厄介なことに俺も踊らされた。蛍の光も歌わされた。周りに合わせるだけで精一杯。

 これは発表に伴うイベントなんだろうか?やけにクサい演出だけど。


 そこからはキャンプファイヤーの周りで、みんな思い思いの仲間たちと語らっている。

 俺は同室の連中と一言二言、言葉をかわしただけで、後は一人で過ごしていた。なんかバツが悪いから。

 すると、指導員たちが大きなダンボール箱を持ってやってきた。


「全員注目!これは園長先生からの厚意だ!」


 小暮と新羽から渡されたものを見て、俺は驚愕する。

 どういう気の迷いだろうか。食事すら満足に与えないここにしては珍しく、ポテトチップと缶のコーラを提供してきたのだ。


「うわあぁぁぁん!!」


 優しさをかけられたことに感動し、再び泣き出す生徒すら現れた。


 「これにはなにか裏があるんじゃないか?」と疑う俺をよそに、みんなは封を空け、それらを次々に口へと運んでいく。

 俺もそれにつられ、ポテトチップの袋を開け、周囲を伺いながらつまんでしまった。

 ここでは珍しいお菓子。油っこさを慈しむように咀嚼する。このチャンスを逃すといつ食えるかわからないから。

 ついでにコーラも開ける。家では絶対に飲まない常温のぬるいコーラでも、えげつないほど美味い。久しぶりの甘味に、脳味噌ごと溶解しそうになる。

 そしてポテトチップの袋は、ちょっと見ないうちにまた小さくなったような気がした。


「戸津床、今日はよく頑張ったな」


「……どうも」


 キャンプファイヤーの隅、一人でしみじみやってたら、小暮が近寄ってきた。

 何事か、と身構える俺に、小暮は賞賛の言葉をかけた。珍しいこともあるもんだ。嬉しくないけど。


「俺たちはいろんな生徒を見てきたが、お前はその中でもかなり意地っ張りな生徒だ。呆れるくらいにな」


「へぇ、そうなんですか」


 そりゃどうも。そんなことを言うために来たのか?

 俺みたいな糞ニート一人も矯正できない無能指導員殿、おつかれさまであります。


「明日からはいつも通りの指導に戻る。だが今日くらいは素直になっていいんだぞ?」


 こんな時に優しくするなよ……

 っていうか、こいつら自分の指導がキツイって自覚あったのかよ。だったら最初からするなよ。なんなんだよ、お前ら。


「……グスッ」


 胸元がグッと熱くなり、気がついたら目から鼻から、何かがこみ上げて来ていた。

 鼻をすする俺の様子は、どこからどう見ても、感涙にむせぶ人間だった。

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